小話

□涙
1ページ/1ページ

「…うそつき」

 

そう、彼女は呟いた。

薄暗い静かな部屋で。

「…うそつき」

低い沈んだ声で。

大きく見開いた眼は少し滲んでいる。
泣かないようにしているのだろうか?
嗚咽を堪えるように呟いている。

「ねえ。アナタ言ったよね。あの時、言ったよね。」
「『僕は君をずっと守りたい』って言ったよね。」
「あの秋の海の浜辺でさ…恥ずかしそうに顔なんか赤らめちゃってさ。」

「言ったよね。」

 
そうだね。確かに僕は言ったよ。

「なんで!?なんでよ!?」

ごめんね。約束…守れなくてさ。

「アタシ幸せだったのに…」
「アナタが居てくれて、アナタに愛してもらって、プロポーズに『給料の三ヶ月分だ』なんて照れくさそうにダイヤの指輪を渡してくれた時の気持ち、すごく幸せだったのに。」

ごめん。本当に…ごめん。

「なんで…なんでよぅ…」

泣かないで。
って言ってももう聞こえないか。

愛してくれたのにごめん。
守ってあげられなくてごめん。
幸せにしてやれなくてごめん。

僕にはもう泣いているキミを優しく抱きかかえる事も、キミを幸せにしてあげる事も、
もう出来ないんだ。

「ねえ…言ってよ。もう一度言ってよ。」
「愛してるって…言ってよ…」


そう言うと彼女の眼から我慢していた涙が一筋、頬を伝い、ゆっくりと流れ落ちた。

ごめんね。それと…

 

ありがとう。


そうして彼は…

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ