裏会
□その後の2人【2】
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ーーーーーー夜の闇は心地いい。
幼い頃から、私は闇の中だけでは本当の姿に戻れた。
陽の光よりも、山の方が温かく感じていたのは、いつもそばに、光の存在がいたからなのだということに、気づいたのはもう、随分大人になってからのことだった。
『まったく…またこの世界に戻ってくるなんて…。』
時音は夜闇の上空の結界に腰掛け、下に広がる黒い山を見下ろしながら呟いた。
『時音? なにぼーっとしてんの?』
背中から声がする。
時音はそのまま、頭だけ上げて上を見た。
大きな月を背にして、そんな時音を見下ろした良守は、自分を見つめたまま声を発しない彼女に怪訝そうに眉をひそめる。
『聞いてる、時音?なんか掴めた?』
『当然。あんたが戻ってくんの、待ってたのよ。』
『さすが…相変わらず、時音は時音だな…。』
『さ、行くよ。この下に本体が隠れてる。』
『おう。俺らの初仕事だ。』
いくつもの結界を階段にして、2人の姿ははまた、闇に消えて行くのだった。
ーーーーそれは数時間前のこと。
2人が海外旅行から帰国して、正守に結婚の報告をしに行った時だった。
『さっそく今晩から頼むね。』
向かい合わせに座る正守が、にっこりと笑って言ったのは、新しくできた戦闘班員になった数分後。
隣に座る良守な顔が、不機嫌に歪んだ。
『…あのさ、俺ら新婚初日なんだけど?』
それが?というように正守は片眉だけ上げて首をかしげる。
『〜っ…休暇延長の約束は?!』
『それは延期。頼むよ、良守〜。急ぎの上に、お前達にしか頼めないんだよぅ〜。』
『うう…。』
優しい性格の良守は、こんなお願いをされると断れない。
それを一番よく分かっているくせに、いいように使っているなぁ…と、時音は小さく嘆息した。
『時音ちゃんは?もちろん引き受けてくれるよね?』
『まぁ…早く体、慣らしたいですし…。』
『なっ、時音っ?!』
ぐりんと音がしそうなほど勢いよく良守がこっちを見るから、時音もゆっくりと彼を見た。
『良守、諦めな。あんたじゃ正守さんには勝てない。』
『……………。』
『それに、私も早く感覚を戻したいの。私のためだと思って、ね?』
正守にも勝てないが、それよりもっと時音には勝てない。
それがよく分かっている良守は、それでも渋々、それを承諾したのだった。
ヤレヤレ。この義兄も、都合のいいコマを手に入れたもんだ。
良守にとって、時音の言葉は絶対だ。
どんなに納得がいかなくても、時音の一言には逆らえない。
それを分かっているから私をここに招いたのだろう。
『でも正守さん。休暇の延長は明確に、それと報酬は任務完了後すぐにお願いしますね。その条件を飲んで頂けるなら、お引き受けします。』
『…しっかりしてるなぁ、時音ちゃは。』
『当たり前でしょう?生活かかってますから。』
相変わらず抜け目ない時音に、それでも正守はあっさり快諾して、依頼の資料を持って来るようにと羽鳥に声をかけた。
ーーー羽鳥から説明を受け、それから夜までここに過ごせるようにと、2人は和室に案内された。
『はー…なんかゆっくりする間もないな。ごめんな、時音。疲れただろ?』
やれやれと畳に座り込んだ良守は、同じく向かいに座った時音の頭をポンポンと撫でた。
『ふふ。大丈夫よ。てか、いつもあんな調子なの、正守さんは?』
『そうだな。でかい仕事から小さい仕事まで、なんだかんだあいつは俺に押し付けてくるからな。』
だが、時音がいなくなったこの数年は、かえってそれがありがたかった。
『下手に休みもらっても、お前のこと思い出して辛くなるから、俺もあっさり引き受けてたしな。』
だが、これからは違う。
もうすっかり諦めかけていた愛しい人を手に入れた。これから先、片時も離れないとお互いに誓い合った大事な人が、目の前で微笑んでいるのがまだ信じられない。
『後悔…してない?』
『ん?仕事のこと?それとも…あんたのこと?』
不安げに揺れる良守の瞳を見て、時音はにっこり笑い返してからの膝にまたがって抱きついた。
『ばかね。何があってもそばに良守がいる今を、私は欲しいと願ったのよ。
なぁに?まだ疑ってるの?』
そうやって良守の耳元で囁いて、ついでにちゅっと口付けたら、良守の肩が少し跳ねた。
『私だって聞きたいわ?良守が私を選んだことに後悔がないのか…私から…また離れていかないか…。』
『ねぇよ。お前がいなかったら俺は生きていけない。この数年、これでもかと思い知らされたんだからな。』
ぎゅうっと抱き締めてくれた良守に、時音はその腕の中で安心して目を閉じた。