裏会

□その後の2人【3】
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『はぁ〜…気持ちいいよぅ〜。』

海の見える露天風呂。入っているのは時音ひとり。空には綺麗な星が瞬いて、温泉のお湯は体の疲れを癒してくれる。

『今回もまた…宿だけは最高だわ〜。』

時音は肩までしっかり浸かり、のんびり温泉を楽しんでいた。






ーーーーーー周村の上空付近で、今度こそ新居を見れると喜んだのも束の間、またも次の仕事が依頼された。



今度は周村からかなり遠く離れた日本海側の観光地のど真ん中。
海が一望できる山の中腹に建てられている、やたら大きい旅館の前で下ろされた。
案内されたのはやっぱりその旅館で一番良い部屋だった。
オーナー自ら私たちを迎え、早速、依頼内容を伝えてきて、おまけに夜行からの資料も手渡してくれた。

オーナーが退室した後、良守はさすがに疲労したような溜息をつく。

『あー…なんかどっと疲れたぜ。時音、せっかくだから温泉入ろうよ。』

ここもやっぱり部屋に露天風呂が付いていた。少しのぞいて見たが、大理石の床や浴槽、景色も実に素晴らしかったが、それだけに時音は尻込みする。

『………いい。私、大浴場に行ってくる。』

小さくチッと舌打ちする良守から逃げるように部屋を出て、今に至るというわけだ。
せっかく良守から受けた疲労がマシになっていたのに、あんなお風呂に2人で入ったら仕事どころではなくなる気がした。あの小さな舌打ちがそれを証明していたと思う。

『まったく…あの破格の力、もっと違うところで発揮できたら最強なのに…。』

そういえばあの頃、同じことを思ったことがある。そんな懐かしい思い出に、時音は小さく笑いが漏れた。
あいつは、あの頃からやっぱり変わらない。いつも元気で、いつも笑っていた。
ああ、でもチビで弱虫の泣き虫なのは、すっかり変わってしまった。
そこはやっぱり男のコだなぁ…なんて思いながら、ザバッと湯船から上がった時だった。

ーーー思い出なんて…辛いだけよ…。

ぞわっと背中が粟立つ。
今のは…確かに人ならぬ者の声だった。
時音は静かに目を閉じ、指に印を結んでから辺りの気配に集中する。
微弱だが、霊気を感じる。さらに場所を特定するために集中を深めていく。

『…居た…そこだっ!』

背後に気配を感じた。咄嗟にそこに結界を張る。振り向くと、湯船の中にそれはいた。

『さっきの声は…あなた?』

影の薄い女の人に見えた。長い髪が顔を隠してそれは見えないが、わずかに見えた口元が妖しげに引き上がった。
瞬間、ぼんっと時音の結界が破裂する。

『っく…!!』

その衝撃に、時音の身体がビリビリと痺れた。もう一度そこを見た時には、もうその存在は消えてしまっていた。





静寂がそこに戻る。わずかに湯がそよぐ音と、雫が落ちる僅かな音だけが聞こえる。
時音は警戒を解くことなく、あたりの気配をさらに探る。
だが、もうここには何も感じることはできなかった。

『………いったいなんだったの…。』

なにかおかしい。あんなに弱い霊体が、自分の結界を破裂させて逃げられるわけがない。
それに一番奇妙なのは、こんなに私が力を使ったのに、良守が姿を現さない事だった。

ゾクっと背中が冷たくなる。

もしかして、良守にもなにかあったのか…。

時音は慌てて着替えを済ませ、それから部屋まで全力で走っていったのだった。





ーーーーー部屋には誰もいなかった。
だが窓が少し開いている。
ドクドクと鼓動が身体中を忙しく打つ。

まさか、本当に良守になにかあったんじゃ…。


怖い…初めてだ、こんな気持ち…。
どんな妖に会った時よりも怖いと思った。

『…しもり、良守っ!!』

力の限り叫ぶ。彼の名を呼ぶ声が裏返っていても、もうそんな事、どうでもよかった。

痛い…心臓が怖いほど早く打って痛みが増す。

半狂乱とはきっとこのことなんだろうか…。

窓を思い切り開けて神経を集中させる。

どこかに良守の気配がないか、必死で探っていた。



『時音っ、ここにいたのかっ!』


背後から思い切り抱き締められた。
途端に身体の力が抜けて、思わず気を失いかけた。


『もう、良守…どんだけ心配したと…』

『いや、なんか変な気配を感じて風呂場に向かったんだけどさ…』

どうやらすれ違ったらしい。
時音の身体が良守に思い切り締め付けられる。まるで互いの震えを止めるかのように強く。良守の震えた吐息が耳にかかる。

『良かった、時音…もう生きた心地がしなかったぜ…。』

それはこっちのセリフだ、ばか。

だけどもう、言葉を発する事も忘れて、私を抱きしめる良守の腕を握り締めることしか出来なかった。






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