裏会

□その後の2人【5】
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そろそろ夜中に差し掛かるだろうか。
どこかの上空から景色を眺め下ろしながら、時音はボーッと座り込んでいた。

水神様の村を出たのは、まだ確か夕陽が綺麗に山を赤く染めていた頃だった。
迎えに来てくれた蜈蚣の背中に乗って、飛び立ってからかなり時間が経ったのに、まだ一向に降りる気配がない。
良守は蜈蚣と先頭の方で何やら話し込んでいて、ボソボソと低いその声は、内容までは分からないけどあまりいい話ではないようだ。

『はぁぁ〜。退屈…。』

『時音、まだしばらくかかりそうだから、寝てていいよ。』

時音のその小さな呟きに即座に振り向いた良守が、穏やかな笑顔を浮かべる。

『いったい次はどこに行くのよ〜。』

『や…行くってか、夜行本拠地に戻ってるんだけどね…。』

先の三件の仕事は、どうやら積み重なって本拠地からかなり遠く離れていたらしい。
そういえば行き先なんて今初めて聞いた。
どうせ次も新居には行けずに仕事が詰まってるんだろうなとか、半ば諦めていたから、敢えて聞かなかったのもあるが。

『ま、そういう事だから…時音は寝てろ。まだ体力戻りきってねぇんだから。』

水神の領域だ力を使い果たした時音は、蜈蚣が迎えに来た時まで気を失っていたのだ。飛び立ってしばらく、まだ焦点の合ってない瞳でぼーっとしていたから、体力回復には至っていないのだろう。
確かに良守に改めて言われたら、睡魔が頭の中を占めてきている。
時音はごろんと横になって、瞳を閉じて程なく、静かな寝息をたて出したのだった。



『………で、俺らホントに本拠地に向かってんの?』

『まぁ、一応は…ですが頭領の話では、とりあえず戻って来ておいてくれと言われただけですし…。』

『ふ〜ん…とりあえず、ね…。』

ふんっと気に入らないように鼻を鳴らす良守に、ムカデも苦笑いを返すしかない。
新居に送るという任務は、もう二度もぶち壊されている。
水神の件は時音が正守に借りを返すために引き受けたらしいと聞いている。
こうまでして新居とは縁遠い2人に、迂闊にその話をするのも却って可哀想だから特に何も言っていない。

どうしたもんかと口を開きかけたら、聞き慣れた振動音が良守の袂から聞こえ出した。
顔色も変えず無表情のまま、良守が携帯を取り出して、画面を見つめている。
蜈蚣はその無気味な怒りのような良守の表情に、背中に冷たいものが走った気がした。

『あー…今ここに…雷落ちねーかな…。』

『はは…そんな…小学生じゃないんですから…』

『あーじゃあさ…あいつに雷神を差し向けるとか…』

『ちょ、やめてくださいっ…アンタが言うとジョーダンで済まないでしょっ。』

結界師の能力が、神と渡り合うものだということは、裏会の中でもかなり有名な話。
静かな怒り、いや苛立ちが真っ黒な靄になって体を取り巻いているのを見るだけでも怖いのだ。

『いや、龍神の雷の方がダメージデカそうかも…』

『ひぃっ、だからっ…やめてぇぇぇ〜…。』

感情の分からない、低く響く声なんか聞いたら、良守ならやりかねないと思ってしまう。

『良守さん、さぁ…諦めて出ましょうよ…。』

『ふっ、ふふふ…どっちが良いかな…』

『ひぃぃぃぃ〜…。』

漆黒の瞳が揺らぎもせずに不気味な笑みを浮かべている。もうダメだ、蜈蚣は本気で逃げたくなった。

『もう、良守!いい加減にしなさい!蜈蚣さんに迷惑かけないのっ!』

天の助け…まさに蜈蚣はそう思った。
女神の声に感じるその美しい人が、ツカツカと良守に近付いて携帯をひったくった。
良守の代わりに通話をして、サクサクと先を決めて行く時音を、思わず拝みたくなる程、神々しく感じた。

『分かりました。じゃあ…また資料は現地に。あと、良守がメンドくさいんで連絡はこれから私にしてください。』

どうやら商談が成立したらしい。
通話を切った時音が、くるっと良守を振り返って眉を逆立てた。

『ほら、いつまでも子供みたいに拗ねてんじゃないの。』

『いやだ〜っ。俺は早く家に帰りたいんだよぅ〜っ。なんだよ、時音は仕事の方が大事なのか?俺よりも仕事を選ぶのかよ〜っ。』

『煩いっ!!!!!』

イラっとこめかみに青筋を立てて、時音が思い切り怒鳴りつけた途端、ビクッと肩を上げて目を瞑る良守は、恐らく条件反射なのだろう。
蜈蚣は思わず吹き出してしまって、下を向いた。

『蜈蚣さん…すみませんが…また、お願いします。』

『は、はいはいっ。私は全然構いませんよ。では、さっそく向かいますね。』

『よろしくお願いします。』

昔から変わらない。時音が良守の首根っこをしっかり掴んで服従させているこの姿。見た目が変わった2人だが、やっぱり今もそれは健在のようだと、蜈蚣はまた背中を向けたまま肩を震わせていたのだった。
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