裏会

□その後の2人【6】
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爽やかな風が通り抜ける。
すっかり花の時期が終わって、深い緑が木を覆う。
風が木々の葉を優しく揺らして、さわさわと優しい音が耳に入って気持ちいい。

ああ…これが愛しい人とのデートとかだったら、私はもっと浮かれているだろうに…。

『ああ…世の中ってままならない…』

『ふふっ。時音、眉間の皺…すっごい深くなってるよ?』

隣で笑う良守が、時音の眉間をつんつんと突つく。
ちなみに2人とも珍しく普段着だ。背中にはリュックを背負い、ぱっと見は普通にハイキングを楽しみに来たカップルのようだが、その中身は仕事なのだ。
それなのに、なんだかえらく楽しそうな良守に、時音はキッと睨みつけた。





ここは人里離れた山の中。遊歩道がいく通りかあるハイキングコースとなっているこの山は、数々の名所が点在しているとのことで、人気の観光スポットでもあるそうだ。
やれやれ、世の中、何が流行るか分からないもので、最近は老若男女が山歩きだのハイキングだのと、更には山ガールなんてものが大流行しているそうで、このハイキングコースにも、そんな人間がたくさんいた。
というわけで、この山に住む妖が、そんな観光客を狙っては、人を喰らって荒らしていると、私達はまた依頼を受けたのだ。
ちなみにこの山の下には、小さな集落が広がっている。そこが今回の私たちの拠点でもある。
そして時折、その妖が人里でも悪さをしているらしいので、退治して魔除けをほしいというのが今回の依頼だった。

えらく単純な依頼内容だからと、今回は資料もなにもなく、しかも早く終わったら、そのまま暫くは休暇をくれると言われている。

『まぁ時音、頑張ろうぜ。なんだって今日から一週間は次の依頼が来ないんだから。』

『そうね。がんばろっ。』

なんとか気を取り直して、ようやく山の中腹あたりに来た頃か、1つ目の名所である大滝が見えてきた。
とりあえずそこでひと休みすることにした2人は、滝の前についているベンチへと腰掛ける。

『世間では、今日は連休だったのねぇ…。』

『ああ、みたいだな。』

浮世離れした生活の中、しかも休む暇なく任務の連続で、世間のカレンダーなど、長く見ていない気がする。
だって新居にも未だにお目にかかれていないほどなんだから。
周りの木々がこんなに深緑で眩しいから、季節は春を過ぎた頃なのかなということだけは分かる。

『結婚してから、どれくらい経ったのかしら…。』

まぁ、良守と結婚した事すらまだピンと来ていないのだ。あまりにも生活感がなさすぎて。
だが、良守はなんと即答したのだ。

『ちょうど今日で1カ月だよ。』

『えっ、良守…わかってたの?』

驚いて隣を見上げたら、穏やかに微笑む良守が、時音の肩を抱き寄せて、その頭に頬を置いた。

『時音と結婚なんて夢だったんだから…そんなの知ってて当たり前だよ。』

『はぁ…あんたって…すごいね。』

時音も素直に良守にもたれかかり、目を閉じて彼の胸に頬をすり寄せる。
穏やかな心音は安心する。彼の体温はどこまでも優しくて、触れているだけで安堵してしまうのだ。

『ふふ。幸せ…。』

『俺も、もう時音から絶対離れられない。』

別に新居なんてもうどっちでもいい。
だって、いつも側に愛しい人がいるんだもの。
普通の家庭とはまた違うんだろうけど、それでもこうして四六時中、手が届く所に良守が居れば、時音は満足なんだから。
しばらくそうやって甘い空気をこれでもかと漂わせていた2人だが、それをぶち壊すような邪魔な妖気が2人の眉を不機嫌に顰めさせた。

『主、奴等が…』

守良の声が2人の頭の中に響く。

『くっそ〜…せっかくのデートが…』

『…あんたって奴は…だからニコニコしてたのね、このバカッ。』

呆れた。こいつは初めから仕事のつもりではなかったのだ。やけに上機嫌だと思ってたけど、まぁそれがちょっと良守らしくて笑えるけど、如何せん、これは列記とした仕事中。

『良守、探るから滅して。』

『おぅ。いつでも来い。』

ちょうど仲良く抱き合っていたから、そのまま静かに目を閉じて、意識を周りに集中させて気配を探る。
頭の中に浮かんだ周りの景色、妖の影を見つけた瞬間に良守の結界が囲っていく。

『これで終いか?』

『ええ、やって。』

一気に滅したその破片の煙が、上空で待機していた守良の天穴に吸い込まれていった。
それからすかさず、良守の結界がこの滝周辺を覆う。人が居ない夜になったら、改めて本格的に封じる印になるのだ。

『やれやれ、やっと1個目か…あとどんくらいあんだよ、時音。』

『ん〜…世の中、知らない方が良いこともあるんだよ、良守。』

『………マジかよ。果てしねぇよ。』

『ほら、サッサと次行くわよ。もう良守、シャンとして!』




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