裏会

□闇堕ちた果てには
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ーーー久しぶりの実家。
墨村家の座敷の間に、良守と時音は座らされている。
目の前には何やら静かな怒りを含んだような祖父母が対峙して、2人はどう話せばいいのか分からずに困っていた。



それは昨日の事だった。

あの神社の地から蜈蚣の背に乗せられて、遠く離れた時の事。

『ああ、そうだ。良守くんに、手紙が届いてましたよ。』

『手紙?』

思い出したように蜈蚣が言いながら、ゴソゴソと懐から出してきた手紙を差し出され、良守は不思議そうな顔をしながら受け取った。
表には確かに良守宛の名前と、連名で時音の名前が、えらく達筆で書かれている。
ふと裏向けて差出人を見た途端、良守はなんとも言えないイヤな顔をした。

『………実家…つか、ジジイからか。』

そして、時音も同じく溜息をついた。
良守の祖父の名前の横に、時音の祖母の名前が書かれていたのだ。
そういえば、良守と結婚してから仕事詰めで、実家に連絡なんてとってない。
ハワイに連れ去られてからかれこれ1ヶ月以上も経っていると、ついこの間まで気付かなかった程、いろんなことがありすぎたのだ。

『ヤバ… なんか…不穏な気が込められてるような…。』

時音だからこそ分かる。
この手紙に込められた静かな怒り。
良守が封を開けて中を見たら、真っ白な半紙に、ただ一言だけ書いてあった。

【至急帰れ】と。

2人で顔を見合わせて、それから力なく苦笑いした。

だって思い出したのだ。
結婚の報告さえ、確かしていなかったような気がする。

『あー…あはは…ヤベーな、こりゃ…』

力なく笑う良守に、時音もなにも言えずに苦笑いするしかない。
術者だからではなく、普通にイヤな予感のする手紙だったが、とにかく、すぐに蜈蚣に実家まで直行してもらったのだった。



ーーーで、今のこの状況だ。
現場から遠く離れた実家に着いたのは、つい30分前ぐらい。
いつもよりも静かな空気を漂わす墨村家の玄関を開けると、そこには祖父母が仁王立ちして待っていた。
挨拶もそこそこに、座敷に連れて行かれ、それからずっと、こうしてただ黙って見つめられているのだ。

なんだか居たたまれなくなった時音は、俯いてそっと溜息をついた。

なんなんだ。この緊迫した空気は。
相手からは本当に何にも感じないのだ。
分かりやすい怒りの感情さえ何も感じない。
さっきから向けられている顔付きさえ、無表情でひたすら静かなのだ。

良守も同じような顔で、しっかり前を見据えてはいるが、本心は何をどうすればいいのかわからず困惑しているといったところだろう。
そんな波動が伝わってくる。

ああ、もう…ものすごく時間が流れていない気がする…。

この部屋だけ、まるで時間が止まってしまったかのような、そんな気さえするのだ。
あまりに耐え難い空気に、逃げ出そうにも身体が動く事を拒否している。

分かっている。
逃げてはダメなのだ。
いつかはきちんと解決しなければならない事。
良守と一緒になるということは、雪村の後継を辞するという事。
おまけに、墨村と雪村は永く対立して嫌悪し合っていた間柄だ。
隣同士、くっついて建っている両家の割に、境界の塀は完全に相手を遮断する大きな壁。更にそれを境に、果てし無く深く亀裂した、人間同士の大きな溝。

良守はかつて、この溝を自分が埋めると言っていた。
こんな訳の分からない柵に、なんの意味があるのかも分からないまま、代々の祖先の様に諦めたくはないと、そう言って瞳を強めて決意を露わにする良守は、思えばあの頃から急激に変貌を遂げていったような気がする。

懐かしい、あの頃の良守は本当に真っ直ぐで、素直で優しくて、呆れる程、馬鹿だった。
しばらく距離を空けた間に、なにやらドス黒く成長してしまったが、時音に対する思いも、あの頃よりも強大に膨れ上がって成長していてくれて、それが時音を決意させてくれたのだ。

二度とこの手を離さない。
何が何でも離すもんか、と。

だから、私は今度こそ逃げない。
有り得ない馬鹿だと言われても構わない。
私が生きていくためには、良守が不可欠なんだから。

キッと視線だけ前を見る。
少しだけ目を見張った祖母が、大きな大きな溜息を吐いた時だった。

『まぁまぁ〜、みんな、そんな顔してないで、とりあえずお茶でもどうぞ。』

ふわふわと優しい笑顔を振りまいた、良守の父である修二が、時音の母と和やかに笑いながら皆にお茶を配っている。
一瞬にして緊迫した空気が弾け飛んで、良守もやっと息が出来たかのように大きく息を吐いた。

『おかえり、2人とも。話は正守から聞いてるよ、大変だったんだね。』

お疲れ様、とお茶を差し出されて、時音は思わず泣きそうになってしまった。
救いの神というものを、目の当たりにした気分だった。
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