裏会
□惑いの月
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月が明るい夜だった。
烏森学園の屋上の、もう一段高い給水塔の上から、良守は、ぽっかり浮かぶまん丸な月を眺めていた。
『良守…。』
不意に後ろから声がかかる。
通りの良い高い声は、小声でもハッキリ聞こえる。
切なくなるくらい大好き人の声だから…。
『なに?時音…。』
振り返って時音を見留め、ニッコリと笑顔を向けると、彼女は俺の横に座って、同じ様に空を見上げた。
俺も再び月を眺めて、ボーっとしていたときだった。
『綺麗だねぇ。』
時音がなんだか柔らかな声で呟いたから、俺も月を見たまま口の端を引き上げて答えた。
『うん。ホント…
綺麗な月だよな。』
『ふふ。違うよ、綺麗なのは…アンタだよ、良守。』
『………………ふへ?』
唐突に言われた不可思議な言葉に、良守は間抜けな返答しか出来ないほど驚いた。
時音の顔をジィッと見つめて、良守はひたすら困惑を露わにした。
『なんだって…?』
もしや聞き間違えたかと、再び問いかけてみる。
『良守は綺麗だね。』
未だかつて見たこともないほど綺麗な笑みを浮かべた時音は、俺の装束の胸辺りをキュッと握り締め、ゆっくり顔を近づけてくる。
『とき……んぅ…。』
俺の唇に触れる柔らかいものが、時音の唇だと気付いて、鼓動が大きく跳ね上がった。
チュッと音を立てて一度離れたそれが、何度も吸い付いてはまた離れていく。
そうしながら、時音は良守の膝に跨って、何度もキスをし続けた。
─ああ、心臓が痛い…
あり得ない早さで脈打つ鼓動が、きっと時音にも聞こえてるはず。
そう思うくらいバクバクとウルサかった。
そのうち、キスが深くなっていき、何度も角度を変えながら、舌を絡ませて淫らな音を立て始めた。
チュクチュクと舌を吸いながら絡めて、甘い蜜を飲み込んでいく。
それからそっと離れた唇から銀糸が引いて、まだ繋がっていた。
『んぁ…はぁ…、時音…いきなりなにすんだよ…。』
月明かりに照らされた時音のその顔…
ウルウルの瞳に
妖しく濡れた赤い唇。
すこし紅潮した頬は陶器のように滑らかに綺麗で、薄く開いた唇からは、甘い吐息が漏れていた。
─なんて綺麗な人なんだろう。
その妖艶な美しさに半ば陶酔するように、良守はうっとりと見とれていた。
『ね…良守…。』
『ん…なに…?』
だから想像もしてなかった。
そんな美しい人から、そんな艶っぽい言葉が吐かれるなんて…。
『アンタ…最近、色気が出てきた…。』
『へ…?』
清純で穢れのない美しい人は、妖艶に笑みながらサラッと言ったのだ。
『ふふ。精通…したでしょ、良守。』
『なっ…!!』
ドクンっと心臓が大きく跳ねて、カァッと体温が上がったのを感じた。
『ちょっ、なっ…なに…ってんのっ?』
あまりに驚きすぎて、ひっくり返った声で、それだけ言うのが精一杯だった。
そんな俺を可笑しそうに見ながら、まるで何でもないことのようににこやかに告げる。
『だってアンタ、最近、顔付き変わってきたよ?ちょっとだけ大人っぽくなったし。』
『だからって何でお前にそんなん聞かれなきゃなんないんだよ!?』
顔が、カァッと熱くなった。
『あら、アタシに聞かれるの、イヤなの?』
少〜し不愉快気に時音の眉が逆立ったが、良守だって負けないくらいしかめっ面だ。
長年、一途に片思いし続けている愛しい人から、そんなん聞かれて…
それで何とも思わない奴なんていないと思う…。
『つぅかそんなん聞いてどうすんだよ?』
時音はカクンと首を傾げ、大きな瞳をきょろんとさせる。
『んー…どうしよっか?てか…良守は、どうして欲しい?』
挑発されているように感じた。
だから良守も受けて立った。
『へぇ?言っていいの?そんじゃぁ、俺の童貞もらってくれよ。』
挑むような強気な口調に、時音は小さく頷いて、良守の胸板に頬を擦り付けた。
『いいよ…?アタシも初めてだけど…。ねぇ良守、もらってくれる?』
グラッと目眩がするぐらい、頭の芯まで痺れが走る。
『お前…マジかよ…』
鼓動も忙しく動き出し、本当にもう…気が遠くなりそうになった。
『あ…良守、ドキドキしてる?』
ひょこっと上を向いた時音は、ニッコリと柔らかな笑みを浮かべていた。
良守の手を自分の胸に当てて、小さな声で囁く。
『ほら…アタシも、ドキドキしてるの…わかる?』
良守はもう何も言えずに、ただ顔を寄せていく。
ゆっくりと触れ合った唇は、甘く、優しく、柔らかく、互いを心地良い夢に誘うかのように、蕩けて溶けていくのだった。
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