裏会

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とりあえず、部屋の電気をつけて落ち着いて話そうと、良守はキッチンに向かっていった。

『ごめん、時音。ホント何にもないだろ…特に必要無いものは置く気も起こらなくてさ。』

キッチンと対面に据え置かれたテーブルと椅子さえあれば食事が出来るから、寛ぐためのソファーは要らなかったのだろう。時音はその椅子に座って、キッチンに居る良守を見ながら頬杖をついた。
こんなに広い部屋なのに、妙に生活感がないのは、本当にここにはそんなに執着がないらしい。

『じゃあ、なんでこんな広い部屋に住んでるのよ。』

高層マンションの最上階なんて、恐ろしい程のお金がかかるだろうに。

『…ふ…押し付けられたんだよ…兄貴に…。』

諦めたようなその笑みに、時音も何と無く気持ちが分かる気がして苦笑いを返してしまった。

聞けばここはワケあり物件らしく、特にこの最上階には人が居着かないそうだ。

『あら、出るの?』

『おぅ、いっぱい出たぞ。片っ端から滅して結界張ったから、今は全然平気だけどな。』

ここに来た時は部屋を埋め尽くす勢いで妖が詰め込まれていたのだ。
ベランダの掃き出し窓辺りが入り口で、ここはきれいに霊道が通っていたのだが。

『ここのオーナー。ちょっと聞き齧っただけの鬼門の封じを入り口じゃなくて出口に付けたもんだから、俺が来た時にはもう妖の缶詰め状態でさ。』

『………気持ち悪。』

定置網漁みたいなものだ。
霊道に乗った妖をこの部屋が網代わりになって、それを誰も回収しないから溜まる一方で…。
ぎゅうぎゅう詰めの妖とその瘴気を想像しただけで胸が悪くなる思いがした。

『全部片付けて、兄貴がオーナーに報告したんだけどさ、もう既に幽霊マンションとか言われてて評価が下がるだとかで…』

『せめて霊能者が住むっていう安心感を置きたがったってことか。やれやれ、オーナーもよっぽど窮地の淵に立たされていたのね。』

一般世間では霊能者など眉唾モノだと蔑まれているのに、そんなものにまで縋らなければならなくなっているその窮地を思うと、馬鹿な話だけど少し気の毒だ。

『兄貴のヤロー、オーナーに組織一優秀なこの霊能者が住みますとかいって、その場で俺の背中を押しやがったんだ。』

ケっと吐き出すように言う良守の顔は、その時の事を思い出したのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

『あはは…まぁ、でもこんな綺麗な部屋に住めてよかったじゃないの。』

そう言った途端、良守はチロっと時音を流し見ながら口角を上げる。

『はっ。知ってるか、時音…ここ、ファミリー用ってのが売り文句なんだぜ。』

『は、あはは〜…………居た堪れないわね…。』

ふっと息を吐いた良守は、温かい紅茶と手作りのケーキをテーブルに置いて、時音の向かいに座った。
目の前に置かれた手作りのケーキに、時音の目が輝いた。

『良守のケーキ、久しぶり。いただきます。』

濃厚なチョコレートがコーティングされたザッハトルテは、あの頃よりも遥かに美味しい。思わず時音に幸せそうな笑顔が浮かんで、良守も穏やかに微笑んだ。

『良かった、時音が美味しいって言ってくれるかなって考えながら作ったから。』

もう居ない彼女を思って、相変わらずケーキを作ってきたが、やっぱり彼女が居ないことに切なさが溢れていた日々が続いていた。だが、こうして幸せそうに笑ってくれる時音を見ているとそんな日々も一瞬で報われた気がした。

『時音、俺に会いに来てくれたって事は…ずっとここに居てくれるんだよね?』

『ん…う〜ん…まぁ、そうなのかなぁ…。』

なんだか歯切れの悪い彼女に、良守の表情が曇る。そんな良守を見て、時音は困り切ったように口元を下げた。

『良守、そんなにすんなり私を受け入れちゃっても…いいの?』

言われてる意味がわからない良守は、完全に頭の上にハテナマークをたくさん付けながら首を傾げている。

『はー…あんたねぇ…。私は今まで、良守に酷いことばっかりしてきたんだよ?それなのに、あんたは怒りもせずに、そうやってノンビリ笑いながらすんなり受け入れるのかって言ってんの。』

今まで時音がしてきた仕打ちに、この男は何も感じていないのだろうか。
時音の眉がキリキリと逆立っていく。
なんでこいつはこんなにお人好しなんだ。
良守から自分に向けて溢れている想いを、私は全て拒んで背中を向けて来た。
どんなに追いかけて来ても冷たく睨みつけて、甘えるなと厳しく言いつけていたというのに。
その度に確かに良守は傷付いていた。
シュンとするその様を見ても、私は背中を向け続けていた。

『なのに…なんで良守は笑っていられるの?私はそれが不思議でしょうがない。』

自分なら許せない。
今更のこのこ出て来て縋るその存在に。
きっと怒りと苛立ちが込み上げる。
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