裏会

□その後の2人【5】
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『すっ…ごぉ〜い…』

『っはー…確かに。』

2人の目の前にある建物は、まるで西洋のお城みたいだった。
賑やかな市街地から一変、森の中の、薔薇が咲き誇る広い庭園のその奥に、まるで浮世離れしたそのお城は、今回2人が拠点とするホテルだった。

『まさか依頼主って…』

『ええ。ここのオーナーよ。』

お城の真ん前に立っている人が見え、おそらくそれが今回の依頼人だ。
近付いていくと、だんだん良守の顔が不機嫌に歪んでいった。
何故そんな顔をするのか時音もよくわかっていたが、とにかく仕事中という責任感から、特に表情を変えることなく、挨拶を交わすのだった。

スイートルームに通された2人は、リビングのソファーで依頼人の話を聞いた。

『実は私…呪われているようなのです…。』

両親の遺産であるこの森の中の土地に、昔から夢だった薔薇の香り溢れる城のようなホテルを建設し、その庭園の見事さから客足も途切れることなく順風満帆な年月を経て、はや5年。
特に不満もなく暮らしていたのだが、ある日、不思議な男に出会った。
頭から全身にかけて、真っ黒なフードとマントを羽織ったその男が、庭の手入れをしていたオーナーに近付き、呪いをかけたと言うのだ。

『実際の被害は?』

『私には何も…ですが…周りの人々には…不幸ばかり訪れるのです。』

不気味な男は呪いを告げた後、どこかに姿を消したという。
家族から親戚、友人にまであらゆる不幸が訪れ、オーナーは居た堪れずこのホテルに籠っているということだった。
良守は不機嫌な顔のまま、低い声でオーナーに問いかける。

『あなた、ポケットに何を隠してます?俺にはそれが気に入らない。そこから嫌な臭いがプンプンする。』

はっと顔を青ざめさせたオーナーは、暗い顔で溜息をついて、スーツのポケットから小さな袋を出した。
上品なビロード生地の小袋から出てきたのは、どこにでもありそうな黒い石の球だった。
時音はそっと手を触れかけて、寸前で強くその手を掴まれた。

『触るな、時音…穢れる。』

『う、うん…。』

いつにになく厳しい声を出した良守に、思わず怯んでしまう。
瞳をキッと強めて、その石を見つめる良守が、見た事もないような怖い顔をしていたのだ。
なんだか分からないが、今の良守には口出ししない方が良いようだ。
時音はすっかり口を噤んで、黙ってそのやりとりを眺めることにした。

『オーナー、こんなのどっから手に入れたんですか?』

『え、知り合いの霊能者から貰ったんだよ。呪いを払ってくれるからって…』

『はっ…これが?』

ヒョイと玉を取り上げた良守は、手のひらに乗せてじっと見つめる。
それからありありと嘲笑を浮かべた。

『これ、持ってからじゃないですか?周りの不幸って…。』

暫く腕組みをして考え込んだオーナーは、そうだというように頷いた。

『そういえば、そうだ…でも…なぜ…』

『その霊能者は、神の子…ですね?』

『え、ああ…確かそんな名前の教団に居ると言っていたな。でもなぜ君は、そんな事を知っているんだね?』

『まぁ…似たような業界ですから。』

なんだか話をうまく誤魔化して、良守はその球を見つめたまま再び問いかけた。

『これ、封じていいですか?』

『あ、ああ…いいとも、それで改善するなら、こんな物…』

『クッ…こんな物…そうですね、では遠慮なく…』

球をぐっと握り込んだ良守は、薄く笑みながら力を込めた。

『ひっ、良守っ…だめっ!』

『黙ってろ、すぐ終わる。』

きつい視線に制されたが、時音は気を失いそうになった。
じゅう…っと肉の焼け焦げる匂いが辺りに充満する。
それはオーナーにも分かったのだろう。
顔をひきつらせて青ざめていた。

『っは、ホント…人間の欲深さってのは…笑いもでねぇよ。』

良守の無想がさらに深い闇に包まれる。
まるで人間離れしたその力に、オーナーもガタガタと震えだした。

バンッ!!と破裂音が良守の手の中から聞こえた。
ゆっくり開いたその手のひらには、もう球は跡形もなく消え去っていた。
代わりに良守の手が焼け焦げて酷いことになっている。

『ひ…やっ、良守っ!!』

『騒ぐな、あとお前は触るなよ、時音…まだ話は終わってねぇ。』

良守はキッとオーナーに目をやると、すっかり怯えきって震えながら頭を抱えていた。

『あなたの呪いは、まだ終わっていません。根本から叩かないと、また呪者はあなたを狙ってくる。』

『そんなっ…なぜ、なぜ私なんだっ!私が何をしたと…!』

『それはご自分の胸に手を当てて考えてください。私には分かり兼ねます。』

スッと立ち上がった良守が、負傷した手の反対で印を結ぶ。
そして敷地いっぱいに結界を張った。

『解決するまで、ここからは出ないでください。』


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