裏会

□その後の2人【6】
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翌朝、2人は昨日とは違う山道を歩いていた。


昨日と同じ手順で印を付けていっていたのだ。

だが、その半ば辺りの名所である大岩の前に、人ならぬものが佇んでいるのが見えて、良守は咄嗟に時音を背中に隠した。

『おい、そこで何をしている。』

既に無想状態の良守は、いつでも交戦できそうだ。
時音はこっそりその背中から、その人ならぬものを確認する。
真っ黒な髪を無造作に伸ばした、女の人の霊魂だ。
良守が語りかけても、ぼーっと背中を向けて岩を眺めている霊魂は、どこかから来た浮遊霊だろうか。

『良守、あれは私の領分だ。』

まだ霊魂なら浄化できる。
そしてそれは、時音の得意とするところだ。
良守の背中を出て、その霊魂に近寄ろうとしたら、無言のまま良守に強く手首を掴まれた。

『いっ…たい、良守…大丈夫、ちょっと話を聞くだけよ。』

『あ、ああ…ごめん、なんか…やな予感が…。』

良守も無意識で掴んだらしい。
時音の声で我に返って、ぱっと手を離してくれた。だが、今こいつは気になることを言った。
良守の嫌な予感は、割と高確率で当たる。
ちょっと気を引き締めて、そっと霊魂の背後に立った。

『こんにちは。』

ポンと肩に手を置いたら、その霊魂は豹変した。
ゴオオッと邪気を全身に放ち、こちらを敵だと思ったのか、低い唸り声を上げたのだ。

『きゃっ…』

『退け、時音っ!』

すかさず良守の結界がそれを囲み、ぐいっと腕を引かれて、良守の背中に隠される。
印を強く結んだ良守は、ジッと前を見据えて様子を伺っていた。
だが、それは邪気を放ったまま、結界に囲まれているのに逃げようともせずに動かないのだ。

『なんだ、こいつ。』

『………殺されたのよ。』

『時音?』

時音はポツリと呟いて、悲しげに瞳を揺らしながらそれを見ていた。
肩に手を置いた時、霊魂の記憶が流れ込んできたのだ。
彼女はどこかで殺された霊だ。
しかも訳のわからないまま、ひどい殺され方をした事まで見えてしまった。
あの邪気は、人間への不信感の塊だ。
死して尚、また酷い事をされたくなくて、あんなに邪気を放って身を守っているのだ。

哀しい…。
どうして殺されなければならなかったのか、その理由さえ分からずに、怨む相手さえ、分からずに…それは苦しかっただろう。

悔しい。殺した奴は、今ものうのうと生きているだろう。殺した人間の苦しみや悲しみなんて、考えもしないで。
どうして人間は、こんなに簡単に人の命を奪うのだろう。
この子はただ平凡に、日々の生活を幸せに暮らしていたようだ。それがある日突然、背後から忍び寄る何かに、刃物で滅多刺しにされたのだ。
殺人者の声が、彼女から流れ込んで時音にも聞こえた。
感じたのは、嫉妬と疎み。それは女の声だった。

『退くのはあんたよ、良守。』

キツい瞳を揺らしながら、良守を押し退け、時音は霊魂に再び近寄る。
結界をすり抜け、その霊魂を優しく包み込むように抱き締めた。

『大丈夫よ、私は…貴女を助けたい…。貴女の苦しみも傷みも…私が吸い取ってあげるから。』

優しい光が時音を包み、その霊魂の邪気を払っていく。
すっかり邪気がなくなったそれは、初めに見た普通の霊魂に戻っていた。
まだ幼さの残る可愛い女の子だった。
大きな瞳を丸くして、時音を不思議そうに見つめている。

【あなたは…だれ…?】

『ふふ。迎えに来たのよ。さぁ、送ってあげるから、私に身を委ねて。』

【どこに…?…私、どこに行けばいいの…?】

『空に昇っていくの…あなたの安寧の地に…さぁ、行きましょう。』

フワリと霊魂が浮き上がり、すうっと天に昇っていく。にっこりと優しい笑顔で見送る時音は、良守が驚くほどに美しく輝いていた。
やがて霊魂が完全に見えなくなった頃、時音は溜息をついて俯いた。
良守は思わず時音を抱き締めて、優しく頭を撫でる。
すると、やっぱり泣いていた時音は、良守に抱きついたまま肩を震わせたのだ。

『お疲れ様、時音…。』

『っふ…ん…うん…。』

癪りあげながらポツポツとあの霊魂の話をしていく時音に、良守はただ黙ってじっと聞いていた。
やがてようやく泣き止んだ時音は、ジッと良守に上目遣いに見つめる。

『ふふ。どうした、時音?』

『分かったの。あの子がどこから来たのか。』

『え、そうなの?』

『良守、仕切り直しだ。やっぱり大元を先に封じないと、昨日の二の舞になる。』

時音の瞳が強さを増して、完全に仕事モードに変わっている。あの哀しい霊魂を浄化したことで、怒りが湧き上がっているように見えた。

『ああ、時音のその顔…綺麗だ…。』

それはあの頃、良守が恋い焦がれて憧れた強い姿。だが、年を経てさらに凄味を増しているその姿に、良守はうっとりと見つめていた。




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