裏会
□その後の2人【6】
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ハイキングコースはたくさんあるが、一番観光客が多いコースは、大きな神社の裏道から入る山道だった。
山の中の集落なのに、やけに大きな神社には、参道から人が賑わっていた。
時音は良守の手を掴むように繋いで、ずんずんとその参道を歩いている。
『時音…ちょっと落ち着いて、ね?』
さっきからひたすら無言で良守を引っ張っている時音は、なんだか身体から怒りの揺らぎをゆらゆらと漂わせていて、はっきり言って良守には怖い。
ここは有名な史跡なのだとか、あちこちには見所も多いこの境内で、人も賑わうここ参道を、ただひたすら真っ直ぐ歩く時音の異様さに、すすすと引いていく人混みのおかげで、2人の周りだけ人は居ない。
『やれやれ、一体どこまで行くんだか…。』
このまま行けば、目の前にドンと据えられた本堂だ。あんまし考えたくないけど、時音の性格的に恐らく正面突破する気なんだろう。
聞えよがしの大きな溜息に、時音がピクリと反応して足を止めた。
『お、やっと頭が冷えたか。』
『はん。別に我は失ってないわよ。良守、ここまで来ても…あんたは何も感じないの?』
振り返った時音は、だが挑む様に瞳を強めて、その綺麗な瞳の奥には、ありありと怒りが揺らめいている。
状況はよく分からないが、さっきの霊魂の記憶を読んだ途端、時音は怒りに震えだした。恐らくその中に真実を見たのだろう。
問われた言葉が反芻する。良守はふと周りの気配に、澱んだ闇の匂いが混じっているのに気づいた。
『ああ、大元って…こういうこと…』
ついこの間、こんな空気を存分に嗅いでいた。
ここは人の思いが吹き溜まって闇の匂いが漏れ出しているのだ。
既に嗅ぎ慣れたその闇の匂い、良守の口元に妖しく笑みが浮かぶ。
『ふふ。なんで俺をここまで引っ張ってきたのか…やっと分かったよ、時音。』
『遅い。さっさとこの不愉快なもの…消して。』
『………それではご指示を、我が主。』
気障っぽく笑って跪坐く良守に、ふんっと偉そうに腕組みをして向かい合う時音は、もう既に特定していた場所に、また良守を引っ張っていくのだった。
考えてみれば、それは至極簡単な話。
人の集まるところに闇は寄ってくる。
特に、ここは闇が好む人間が多く集まる。
悲しみ、嘆き、願望に欲望、絶望の淵で藁に縋る人間までも、自ら闇に食われに来るかのように集結してくるのだ。
ここは、有名な神社だ。依頼の話の中で、ここの話も聞いていたというのに、神が座すこの聖域に、元凶など存在しないだろうと軽く考えていた自分の愚盲さに、ただただ腹が立って堪らない。
この仕事に復帰してから、時折見てきた人間の闇。それがどんなに醜悪なものか、目の当たりにして何度涙を零したか。
寺院、神社が聖域だと、そんな言葉が本来の姿だったのはもう遥か昔のことなのだろうか。
ちゃんと神が崇められている聖域など、もう現在では皆無なのか。
ここも、聖域という事実に異なるドス黒い闇が、辺りに立ち込めて息苦しい。
大きな神社に有りがちな、姿だけは着物装束の権禰宜や巫女がウロウロしている。
あれらには力は無い。ただ見かけだけのここの職員だろう。
神の匂いも全くとは言わないがほぼしない。
なのに此処に、何故こんなに人が集まってきているのか分からない。
そもそも、今見える闇を消したところで、何の解決もしないのではないか。
統治する神の存在が希薄なのだから、その後の加護なんて期待する事は決して出来ない。
少しだけ、感情的に突っ走りすぎたのかなと反省した時音は、足を止めて良守を振り返った。
『………やっぱり調査が先なのかな。』
『あれ、珍しく迷ってるね。』
『んー…頭が冷えてきたのかな。』
『……………それ見ろ。』
呆れたように笑う良守だが、恐らく時音と同じようなことを考えていたのだろう。素直にそれに応じて、先の指示を仰いだ。
『それで?…どうするつもりなの?』
『………現地調査だ。守良っ。』
『は、お側に。』
小さな呼び声にも立ち所に背後に立つ守良は、時音の口元を緩めさせる。
本当にいい子だ。なにやら良守が呆れた顔で苦笑いをしているが、何も言わないので放っておこう。
『昨日、統率してた式神は?』
『は、全て主のお手元に返っております。』
ちらっと良守を流し見たら、やれやれと溜息をつきながら、仕方なく式符を出した。
言われなくても分かっている。式符を全て鳥型に変えて、力を注ぎ込んでから時音の元に止まらせた。
守良に神社のパンフレットを手渡す。そこには神社の全容が記載されているのだ。
『守良、澱みを全て特定して。』
『………主。』
ちらっと良守の姿を見る守良だが、目配せで肯定したのに安堵して、改めて時音に向き直った。
『は、仰せのままに…時音様。』