裏会

□その後の2人【6】
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美味しいご飯をお腹いっぱい食べた時音は、神社に引き返すまでに少し遠回りして腹ごなしをしようと、山裾についている遊歩道を歩いていた。

穏やかに流れる小川の音は、心を落ち着かせてくれる。
枝葉をいっぱいに広げて、陽射しから守ってくれるその色は、深い緑をより一層鮮やかに見せてくれる。
さっき神社で、これでもかと穢れが襲って来ていたのが嘘みたいなその清々しい光景に、時音の心が癒しで満ちて行く気がした。

ふと、何かの気配を感じて、時音は足を止めて辺りを見渡す。

『時音、どうかした?』

『や、なんか…気配が…。』

悪い気配ではなかった。
どちらかというと、時音と引き合うような、そんな感じがしたのだ。
後ろを振り返ったら、遊歩道の柵の裏側に、山に向かって獣道が走っているのが見えた。

『こっち、たぶん…あれだ。』

躊躇うことなくそこに向かい、しばらく獣道を歩いていたら、古びた石の鳥居が見えた途端、無意識に時音は走り出した。

『お、おい…時音っ?』

もう随分、長いこと人が訪れなかったのだろう。
半分崩れかけた石の鳥居のその奥に、厳かな空気漂う古びた社があった。
この社も、もう誰の気配もしない。
朽ちるに任せているのだろう。

『わぁ…なに、ここ…気持ち良い…』

嗅ぎ慣れた聖域の匂い。
力が漲り、清められていくその大きな力。
ここを治めていた神の力が、まだこんなに残っていて時音を癒してくれる。
良守がようやく追い付いてそこを見た時、時音は両手を開いてそこに立ち、気持ち良さそうにその力を浴びていた。

『すげぇな…ここ、ホントのパワースポットじゃん。』

良守さえも目を見張る。
時音が見る見るうちに清められて輝いていくのだから。こんなに力を目の当たりにするのは初めてだ。
そして、なんだか懐かしい匂いもする。

『ふふっ。阿迦流比売神の匂いだ。』

『ああ…なるほど、どうりで…。』

時音にこんなに甘やかすような癒しの力を与えるはずだ。
そういえば、あちこちを転々としていたと言っていたが、ここもその内のひとつなんだろう。
奇跡的にも、こんな所であの比売神の力に出会えるなんて、よっぽど時音とは縁があるようだ。

【娘…相変わらず元気だな、お前は…。】

何処からともなく聞こえた懐かしい声。
どうやら崩れかけた社から声がしたらしい。
時音は嬉しそうに駆け寄って、その前にペタンと座り込んだ。

『阿迦流比売神、お久しゅうございます。』

【久しい…ふふ、そうだな…お前たちの世界では、もう時間も経っておろうな。】

ふわりと優しい風が吹き、比売神の姿が現れた。
時音の目の前に座り込み、たおやかな仕草で時音の頭を撫でる。
相変わらずの慈悲深い微笑みと、そこから発せられる癒しの波動に、時音は甘えるように体を預けていった。

【ふふっ。お前はいつでも、可愛いな。どうだ、そろそろ此方に来ぬか?】

よしよしと頭を撫でながら、挨拶のように時音を誘うから、思わず良守の眉が引き上がった。

『比売神…お戯れも程々に…私の心が砕けそうになります故…。』

そう言って跪いた良守に、非常に面白そうに笑いだしたのだった。
ここはやはり、かつての比売神の寝床だった。
守る者も死に絶え、比売神もここを去り、後は朽ちるに任せるだけだとしていたのだが、2人がここに来ていると分かったから、少し顔を出しに来たのだと、良守に説明した。
時音はもう、猫のようにふにゃけてしまって、比売神の癒しを全身に浴びて包まれている。きっと猫なら、ゴロゴロと喉を鳴らしていただろう。それくらい甘えきって身を任せていた。

【小童、彼れの所に居たであろう。】

あれとは多分、あの神社のことだろう。良守は頷くことで返答した。
比売神も小さく溜息をついて、癒しの神らしくなく、はっきりと不快げな顔をしながら時音を眺め下ろした。

【貴様、早う彼れをなんとかしろ。そのうち娘が穢されてしまうぞ。】

『は、然し乍ら…我等も早急に調べているのですが、なかなか尻尾が掴めぬまま…』

【馬鹿め、小童…本質を見る目を、お前は付けねばならんな。】

はっきりと修行不足を指摘され、良守は顔を逸らす。本当の事だ、言い訳なんかできない。
そんな良守を呆れたように見ながら、また比売神は溜息をついた。

【彼れはな、小童。人間が作り出した醜悪の権現よ…呪い、怨み、妬み…人間が作り出した醜悪が、邪神となって鎮座しておるのよ。】

わかるか?と問われても、今初めて分かった良守には何も言えない。

【正に彼れは、人間の手によって造られた神…のう、それこそお前の領分であろうが…小童。】

美しい声が、揶揄うように、だが決して優しくも甘くもなく、細い刃の様に良守の耳に刺さってきた。

『は、申し訳ありません。』
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