裏会
□闇堕ちた果てには
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一気に和んだ座敷の間で、2人はこれまでの事を父と母に全部話した。
にこにこと微笑みながらそれを黙って聞いている父母の横では、相変わらず仏頂面の祖父母がお茶を飲んでいる。
とりあえず皆んなが一息ついた頃、修二はやっと本題に入った。
『それで、良守。僕たちに何か言う事…あるんじゃないの?』
『そうよ、私達、それをずっと待っているんだけれど?』
母である正子も、少し揶揄うように笑いながら言うのを見て、良守は少し後退してから、深々と4人の前で頭を下げた。
『お願いです。どうか、時音を俺にください。時音が居ないと、俺は生きていけません。雪村の後継である時音の立場は分かっています。ですが、それでも…俺は時音以外と一緒になる事は、どうしても出来ないのです。』
低く優しい声のわりに、決意の大きさは強く伝わる良守の声。
時音も良守に倣って一緒に頭を下げた。
自分も同じ気持ちだと、良守が居なければ生きて行けないのだという思いを、それで伝えるために。
『ふん…ようやく言いおったか。言うのが遅すぎなんじゃ、お前達は。』
祖父の呆れた声に驚いて、2人は顔を上げると、目の前には温かく微笑む4人の姿が見えた。
『ふふっ。ほんとに…こういう事は、もっと早くに言うものだよ、良守。良かったね、念願叶ったじゃないか。』
『時音もよ、いくら忙しくっても、連絡ぐらいは欲しかったわ?こんなに嬉しい事を先延ばしにするなんて…どれだけ寂しかったと思ってるの。』
眉を少し下げながら、それでも温かく祝福してくれる父母の顔を、見た瞬間に時音の眦から雫が溢れた。
『あらあら、まぁ…仕方ない子ね。』
そばにあったタオルで、時音の顔を拭いてくれる母の手は、優しい愛情に溢れていて、時音は泣くのを止められなかった。
『ごめん、父さん。俺、相変わらず自分の事しか考えてない、ガキのままだったよ。』
『ふふ。いいよ、良守が幸せなら、それが一番良い事じゃないか。』
よしよしと良守の頭を撫でる父の手は、相変わらず大きな愛情を感じる。
祖父にも同じように詫びて、時音との結婚を承諾してもらった。
そうして部屋中の空気が和んだ中、ただ1人、無表情のままの祖母が、スッと立ち上がって部屋を出て行ってしまったのだ。
両家の中で一番、家柄や後継に強い思いを抱いていた祖母の事。
この状況は、確かに喜んだ受け入れるのは簡単にはいかないのだろう。
時音は慌てて祖母を追おうと立ちかけたが、それを制したのは良守だった。
『待て。ここは俺に…たぶん、俺がしなきゃなんない事だ。』
漆黒の瞳に据えられた強い光。
口調もさっきよりも格段に重く響く。
良守には分かっていた。
両家の溝を完全に埋めるには、最後に大きな壁を取り除かないといけない事を。
時子を囲う大きな檻を開かねば、この偉業は成し遂げられないという事を。
『俺が行く。ジジイ、それでいいんだろ?』
『そうじゃな。じゃが、覚悟はいいか。あの頑固者の時子を説き伏せるには、あれよりも強く願わねば成せんぞ?』
『はっ。そんなもん、時音を捕まえた瞬間から準備万端だ。』
大人になって、落ち着いた姿にまだ残る、あの頃よりも強気な笑み。
子供の成長とは早いものだ、と繁守は口元を緩めながら息を吐いた。
『なら、行ってこい。お前の想いがどんなものか、それで見定めてやろう。許すかどうかは、それ次第じゃ。』
『上等だ…時音に関する事で、俺は相手が誰だろうが、ぜってぇ負けない。』
すくっと立ち上がって部屋を出るその良守の背中に、少し眩しそうに見つめる繁守は、もう普通の祖父のように嬉しげに笑った。
『………大きくなったの、良守は。』
『そうですね、本当に…ついこの間までは、ほんの小さな子供だったのに…早いものですね。』
祖父も父も、少し寂しい気はするが、それ以上に成長したその姿に嬉しくて、自然と優しい笑みを浮かべた。
『私も…少しは成長したのかしら。』
『ふふ。時音の今の姿…お父さんが見たらきっと…大号泣してるわね。』
頭に浮かんだそんな父に、母と顔を見合わせて、声を上げて笑ってしまった。
お父さん…私、いますごく幸せよ。
お父さんが守ってくれたこの世界で、私はこれから、一番愛しあえる人と生きて行く。
心がふわっと温かくなって、また零してしまった雫は、ひたすら温かくて安心する。
亡き父を思い出すのが辛かった日々が、まるで嘘みたいに消えていく気がした。
『ほう…時雄くんも喜んでおるようじゃな、時音さん、感じるか?』
『はい…だってこんなに…温かい…今までどうして気付かなかったのかしら…こんなに、側でお父さんが見守っていてくれたのに。』
『時音さんの檻が、完全に解けたからじゃ…これからも良守の事、頼みましたぞ。』