裏会

□邪心が来たりて笛を吹く
2ページ/17ページ




正守がお昼ご飯を食べ終えた頃、甘い匂いが台所から漂いだした。
途端に、正守の顔に可笑しげな笑みが浮かぶ。

『なに、あいつはまだ菓子作りに熱中してるの?』

目の前に座る祖父が、鼻で息を吐いて腕組みをする。気に入らないという顔が満面に浮かび、口元をグッと下げる様が可笑しくて、正守だけではなくそこに居た皆が笑い出した。

『まぁまぁ…いいじゃありませんか。
良守らしくて、僕はいいと思いますよ?』

修二が取り繕うように笑うが、聞き慣れたそのセリフに祖父の表情は変わらない。

『繁守、あなただってこの間のケーキ、美味しそうに食べてたでしょう?』

『ふん。それはお前達が、ケーキ屋で買ってきたと寄ってたかってワシを騙したからじゃろうが。』

良守のケーキ作りは、相変わらず繁守には面白くないのだ。
そんな暇があるなら修行しろと、男が台所に篭って菓子など作るものではないと、口酸っぱく言っているのだが、いつもそれで良守と喧嘩している毎日だ。

『ちまちま甘い菓子などに熱中しよって…女々しいじゃろうが。』

『ふふ。お祖父さん、今やパティシエは立派な男の職業ですよ?』

正守までも援護するが、なかなか自分の考えも曲げられない祖父は、やっぱり口元を引き下げるのだ。



結局、文句を言いながらも良守のケーキを完食して、紅茶に口をつける頃には皆もすっかり落ち着いて寛いでいた。
頃合いを見て、良守は横でニコニコしている兄に、そっと小声で伺った。

『なぁ…なんか用事があったんだろ?
そろそろ教えてよ…仕事の依頼か?』

すると、正守の顔つきに翳りが出て、救いを求めるように良守を見つめる。
そんな兄の顔を見るのは本当に初めてで、良守は心配げに眉を寄せた。



『羽鳥を…助けてくれ…。』

依頼は唐突に訪れた。
祖父母と良守、そして時音も、奥の座敷で寄り合って、正守の話に耳を傾けていた。


ーーーそれは、一週間前…

正守は夜行本拠地で、相変わらず羽鳥と、仕事の段取りと資料作成で部屋に缶詰になっていた。
ようやくひと段落ついたから、お茶でも飲んで休憩しようと言ったら、羽鳥が突然言い出したのだ。

『あ、そうだ頭領…私、休暇もらいますね。』

まるでなんでもないような顔をして、さらっとそんな事を言う羽鳥に驚いて、正守はすぐに言葉が出ずにしばらく口を開けたまま止まる。

『故郷で異変が起きたようで、すぐに帰れと身内から連絡が来ましたので。』

『いや、待て待て。お前、まだあんな身内と連絡を取っていたのか。』

夜行に預けられる若い者の大半は、元の家族の手に余って放り出された者たちだ。
羽鳥もそのうちの1人。しかも、故郷では辛い目にしか遭っていなかったから、正守が半ば強引に引き取ったも同然だった。
羽鳥が普段から無表情で淡々としているのは、これ以上辛い思いをしたくないという本能的な自己防衛手段だ。

『お前をあんな目に遭わせた奴らに、なんで…』

『いや、故郷を出てからとんと連絡なんか無かったんですけどね、よっぽど困っているんでしょうねぇ…。』

他人事のように表情も変えず、やれやれと面倒臭げな溜息を吐く羽鳥は、一緒に行くと駄々をこねた正守をひと睨みで黙らせて、サッサと故郷へ行ってしまった。

ーーーあなたが夜行を抜けたら、誰がこの膨大な仕事を割り振りして統括するんですか。だいたい、子供じゃないんですから、たかが故郷に帰るぐらい、一人で充分です。

そう言って正守を振り切るように夜行を出た羽鳥は、あれから一週間、連絡が完全に途絶えた。

電話も通じなければ、偵察用に放った式神も、羽鳥の故郷に近づいた途端、ことごとく何かに消されてしまう。

『なにか…嫌な予感がするんだ…。
だから、代わりに見に行ってもらえないだろうか。』

そう言って締め括った正守は、深く息を吐いて、組んだ指を額につけて項垂れたのだ。
4人は顔を見合わせ、困ったように眉を下げる。
しばらく逡巡した祖母が、正守に問いかけた。

『それで…故郷というのは、どこなのです?』

『……………夜叉護村です。』

ひゅっと息を呑んだ祖父母に、良守と時音は首を傾げる。

『知ってるのか、その村…』

良守の問いに、眉間に皺を寄せながら拳を顎に当てる祖母。祖父は腕組みをして口元を下げたまま黙り込んでいる。

『いったい何なの、お祖母ちゃん?
そんなに…怖い顔するなんて…。』

『まぁ…ある意味、有名な村ですからね。』

『そうじゃな…良守、これは…ちと厄介じゃぞ…。』

静まり返る座敷の部屋。
なんだか空気が重くて暗い。

厳しい顔つきで目を伏せる祖父母と、項垂れたままの正守。
それを見つめるしかない2人は、何やら背中に悪寒が走って、知らず、互いに手を握り合ったのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ