裏会

□邪心が来たりて笛を吹く
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『………比売神も相変わらずですね、そろそろこの私の大事な人を、揶揄って甚振るのはおやめください。』

時音の呆れた声に反応して、比売神の力がフッと消える。
ようやく息ができた良守は、まだ酸欠でフラフラする頭を軽く振って姿勢を戻した。

『はぁーーー…死ぬかと思った。』

いや、普通の人間ならば耐え切れずにとっくに死んでいる。
それ程、毎回のように良守に下る神罰は重たい力なのだ。
比売神も最初は怒りを露わにする時だけ下していたこの力、だが、今日は明らかに良守で遊ぶつもりだった事は、限界まで耐える良守を楽しそうに笑みながら眺めていた顔つきで分かった。

チロっと目を細めて比売神を見ると、ふいっと目を泳がせて呟いた。

【小僧が毎回、面白い程、我に抵抗するのが悪いのだ…。少しくらい…遊んでも良いではないか。】

『まったく…悪戯にも程が有りますよ?』

優しく跳ね上げた時音の眉を見て、比売神は誤魔化すように抱き締めて力を注ぐ。

【これも小僧の修練だ、此奴はまだ力を求めておるし、我も楽しめる。
まさに一石二鳥ではないか、のう…娘…】

『あ、は…ああん、比売神、だめぇ…は…あん…』

余りの大きな力が注がれ、時音の全身が崩れ落ちる。
薄く開いたその唇から漏れる甘い声は、まるで良守との快楽の渦に呑まれたかの様な蕩けた高い声。
ちょっと面白くない良守は、キッと比売神を見つめ、スタスタとそこに歩み寄った。

『もう良いでしょう、比売神。
時音を返してくださいっ。』

力任せに時音の身体を比売神からベリっと引き剥がし、もう渡さないというように、しっかり自分の腕の中に時音を包み込んで隠した。

『はぁ、は…ん、あ…』

すっかり骨抜きにされた時音は、うっすら頬を紅潮させて、トロンと蕩けた瞳は今にも溢れそうになっていた。

『くっそ〜…俺だけの可愛い時音が…拐かされた。』

【貴様、人聞きの悪い…神に嫉視する人間なぞ、何処を探してもお前しか居らぬぞ。】

『はっ、知らねえよ。相手が誰だろうが時音は俺のもんだ、こんな顔させていいのも、俺だけなんだよ。』

【はっは、不相応に巫女に懸想する闇の使者か。
やはり面白い、ならば巫女を守り通してみせろ、これも貴様に課せられた試練だ。】

ふわりと姫神の着物の袖が振るわれ、2人の上に払われた瞬間、またぐんにゃりと空間が揺らいでいった。





ーーーーー円形の集落。
周りを囲むのは山と川。
それが見渡せる村の端っこに、いつの間にか2人は立っていた。

どうやら比売神の力でここまで運んでくれたらしい。

昼間なのにシンと静まり返った村は、まるで人の気配が皆無だった。

『おい、無事か?』

『は、とりあえずは。』

背後に立つ式神は、良守の横に移動して、厳しい顔つきで辺りを見つめる。
ふんっと鼻で息を吐いて、また良守に語りかけた。

『主、この嫌な臭い…なんでしょう…』

『ああ、こりゃ…紛れも無い、死臭…だな。』

良守の腕の中に抱かれたままの時音は、少し震えて良守の装束の胸元を握り締めた。

『ふふ。怖いか、時音…お前には…此処はどんな風に映ってるんだろうな…。』

既に無想状態の良守は、闇の瞳に口角だけ上げて、前を見据えたまま小さく笑った。

ここは、覚えのある心地良い場所。
いつの間にか馴染んだ空気が漂う場所。
身体を取り巻く力の流れは、かつて自分が呑み込まれた、静かに暗い澱んだ力。

『………試練、か…ふふ、神様のお告げは…いつも正しくて…残酷だ…』



ーーー生きて有る限り、試練はいつも訪れるものよ。
案ずるな、貴様の所業次第で、運命は幾多にも変わろう…
見せよ、我を飽きさせぬお前たちの道を…



良守の頭の中だけに響く柔らかく、そして愉しげに響いた。

息を吐くように僅かに笑うその良守の顔は、やっぱり見る者を震わせるほど、不気味と感じる力を漲らせていた。

この村に漂う重暗い力の波動、そんなものよりも今は良守のその姿の方が時音の身体を震わせるのだ。
それをこいつは、分かっているのだろうか。

そっと良守の腕から降りて、時音は静かに瞳を閉じる。
身の内から噴き上げる波動の力に、ふわりと髪が柔らかな風で巻き上がる。

ここに、羽鳥の居場所を探すために。

本当にこの村の何処かにいるのだろうか。

この村に起こった異変とはなんだろう。

この、気を抜けば簡単に呑み込もうとする重たく強い力は、どこから流れてきているのだろう。

力の波動が、時音の周りから円状に広がって村を包む。
背後で小さく息を呑む良守と守良の気配がした。

少し口角を上げた時音は、さらに意識を深めてこの地の構造を探る。

ふと感じた見憶えのある気配に、時音の唇が薄く開く。
それから、眉間にきゅっと不愉快げに皺が寄った。
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