裏会

□。
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『そういや…時音、身体はもう大丈夫?』


昼食後、食器の片付けをする良守を手伝ってお皿を拭いていると、不意に隣に立つ彼から問いかけられた。

『………そんな心配するなら、少しは手加減してよ。』

キュッと軽く睨んだら、良守は困ったように微笑んだ。

『いや…だって昨日は、時音がもっとシてって言ったんじゃん。
あんな可愛い顔しておねだりされたら、そりゃ俺だって理性無くなるよ。』

途端に時音の頬が熱くなる。
つい、手に持っていたお皿が落ちかけて、すかさず良守の手がそれを受け取った。

『まぁ…確かに俺がやり過ぎたのは認めるよ。
時音、起きた時は痛くて身体が動かなかったんだろ?』

すっかり首まで真っ赤になって、硬直している時音に変わって、良守が残りのすべての皿を拭く。
片付けを終えた良守は、背後から時音を優しく抱き竦めた。

『悪かった。時音のこの、細い腰が壊れてなくて良かったよ。
さすが、一般女性よりも遥かに強いな。』

ふっと時音の眉が怪訝な跳ねる。
確かに私は、幼い頃からお役目の為に身体を鍛え続けてきたから、一般女性ばかりではなく、ひょろ長い男よりも体力は優ってるはずだ。
高校時代は着替えのたびにクラスメイトの女子から強そうだと言われてきたし、チラッと周りの女子たちを見渡せば、柔らかそうな身体つきに比べ、私のは全体的に引き締まった筋肉に覆われて硬い。
腹筋だって、良守ほどじゃないけどお腹に縦筋が入ってるくらいにはあるし。

『普通の女の子って、やり過ぎると立てなくなるじゃん。
時音もたまに起きた時はそうみたいだけど、時間が経てばすぐにこうして回復するもんな。』

良守は、たまにこういう言い方をする。
一般女性は弱くて壊れやすい、と。
私はその度に頭の中に疑惑が浮かぶ。
なんで、良守がそんな事を知っているのだろうか、と。
そういえば、初めて彼に抱かれた夜もそうだった。
いやにスムーズに、手慣れた様子で私を抱いたのだ、良守は。
あ、ダメだ…思い返してたらモヤモヤしてきた。

『どうした、時音?』

疑惑に苛まれた私の気配に気づいたのだろう。
良守は気遣うような優しい声で囁いた。
だが、何を考えていたかを正直に言えば、彼は話してくれるだろうか。
いや…彼の持つ無想という技が、きっとすべてを隠してしまいそうだ。
ああ、昔はあんなに分かり易い奴だったのに。
烏森封印の為に身に付けたその術を行使しだした頃から、私には何も見えなくなった。
何を考えているのか、どんな感情を抱いているのか。
堪らない…昔は私の方が当たり前みたいに強かったのに、今では立場は逆転した。
力はもちろん、身体つきだって、精神面にだってもう私の手には届かない遥か先を歩いてる良守を、私は必死に追いかけてる。

いつか…私が追いかけきれずに諦めてしまう日が来るのではないか…。

ゾクッと背筋に悪寒が走る。
思わず焦って振り向いて、良守に思い切り抱き着いた。
途端に感じる。良守が私を心配して狼狽えてる気配。
きっと、こいつには私の苦悩など見当もつかないだろう。
大方、また自分が何か私を不快にさせる事をしてしまったかと、無駄な思考を巡らせているぐらいだろう。

『時音…あの…ごめん、俺…またなんかしちゃったか…?』

ほら。こうやって、なんでも自分のせいにして抱え込んでは見当違いな迷走をする。
でも、こういう所は昔のまま。
そして、私は彼の、昔から変わらない言動を感じては僅かな安堵に溜息をつくのだ。

これでいい。
私の思考が読めない彼は、こうやって私の言動に振り回される。
その間、私のことだけを考えている彼に、私も安心して笑っていられるから。















ーーーーー闇が深くなる時間帯。
辺りは暗い木々に囲まれ、月の光も余裕で遮る大きな枝葉が広がっている。
もう夜鳥の声さえも届かない。
まぁ、代わりに大量の妖たちがあげる断末魔の叫び声が森にこだましている。
今夜も裏会から依頼されて、2人で森に蔓延る魑魅魍魎を片っ端から排除していた。

2人で手分けして妖たちを借り尽くし、ひと息ついて腕時計を見ると、深夜の1時を過ぎている。

『やれやれ…思ったより早めに一段落したね、良守。』

『そうだな…つかお前、またなんかパワーアップしてないか?』

ちょっと休憩、と草の上に座り込んだ時音の横で、同じく足を伸ばして腰を下ろした良守は、チロリと不満げな視線を向けた。

『な、なによ…そりゃ、相変わらず修行を欠かしてないんだから、パワーアップしてなきゃ悲しいでしょうが。』

だいたい、アンタは人のこと言えるの?
元から強大な力は持ってたけど、それをコントロールするために誰よりも過酷な修行をこなしてきただけあって、良守の技術は日に日に向上していってる。
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