学舎

□指輪大戦線
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「ハァ?」
金曜の朝っぱらから神楽の間抜けな声がマンションに響き渡る。
「だから、今日の夕方6時にプリンスホテルのロビーで待ち合わせな。飯食うぞ、フランス料理。あっ、ちゃんと正装でな!!」
驚き一色だった神楽の顔が、どんどん哀れみの表情に変わっていく。
「銀ちゃん…、正直に言うネ。確かに最近帰りが遅かったり、様子が変だとは思ってたけど、ついにそんなことまで…」
どうやら神楽は多大な勘違いをしているらしい。
「お前…なに勘違いを………」
「銀ちゃんがそんな所でご飯食べれる程裕福じゃないことくらい知ってるネ。だから…」
神楽の顔が険しいものになる。
「銀ちゃん、ついに強盗でも…」
「するかァァ!!!誰が強盗なんかするかよ!!先生だっていざって時の為に貯金くらいしてますゥ。」
まぁ、元々そんなにしてなかったし、神楽と住み始めてからはほとんど貯金なんてできてない。
でも、強盗するまでは落ちぶれちゃいない。
「とにかく、分かったな?俺は学校から直接ホテル行くから。」
「う〜ん…、なんか腑に落ちないけど分かったアル…。」
神楽が複雑そうな顔で頷く。
この1週間、俺はプロポーズの為のシチュエーションを考え、婚約指輪を購入した。
ありとあらゆる本を読み、妄想の中で何度もプロポーズの予行練習をした。
金がないから高い物は買えないが、それでもあいつに似合う最高の物をと、古今東西、虱潰しに店を巡った。
(神楽が一生忘れねーようなロマンチックなプロポーズにしてやる!!)
鞄の中の小さな箱を握り締め、俺は改めて決意に燃えた。
「じゃあ、俺は職員会議あるから先に行くぞ。6時だからな、忘れるなよ!!」
「はいヨ〜。」
玄関に向かう俺に神楽は「いってらっしゃ〜い」とヒラヒラ手を振っていた。
寝癖が付いた頭で、パジャマも少し乱れている。
この神楽が夜中には感動に瞳を潤ませるかと思うと、顔が緩む。
スキップしそうな程軽い足取りで、俺は学校へ向かった。


「ホントに大丈夫アルか?」
「大丈夫だよ。」
ホテルのエレベーターの中で神楽が心配そうに俺に聞いた。
“正装で”と言った神楽の服装は、下はどうやらピンクのワンピースで上着として白のコートを羽織っていた。
髪は下ろしてあり、ほんのり化粧もしてきているせいか、少しいつもより大人っぽく見えた。
どう見たって、教師と教え子の関係には見えないだろう。
今日、俺はこのホテルの最上階のレストランで神楽に正式にプロポーズする。
俺のコートのポケットの中にはいつでも取り出せるように、指輪の入った小さな箱が入っていた。
(大丈夫、俺ならできる!!銀さんはやれば出来る子だから!!)
柄にもなく緊張し、表面上はクールを装ってはいるが、頭の中はパニック寸前だった。
待ち合わせ時刻前、何度手の平に“人”の字を書いたか分からない。
ドリカムではないが、正に“決戦は金曜日”だ。
(大丈夫。計画通りにやれば全て上手くいく!!)
エレベーターがこんなにゆっくりに感じたことは今までなかった。最上階にランプが点り、目の前にはレストランの入口が広がった。
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