学舎

□指輪大戦線
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あまりにも2人の関係が自然過ぎて、あまりにも当然のように思っていたので、俺はそれを見て思わず呆然と立ち尽くした。
遅い土曜の朝、口には歯ブラシは入るというより刺さったままになっていて、歯磨き粉の泡は床にポタポタと垂れた。
2月という寒い時期にも関わらず、俺の全身を冷や汗が伝う。
「いやいやいや、忘れてたとかそんなんじゃないからね、全然!!」
やっと話せるようになった途端、周りに人もいないのに誰かに言い訳でもするような言葉がスラスラと出てきた。
「むしろ、四六時中考えてたからね、コレ!!考え過ぎて、考えるっていうか、むしろ俺という存在を形成する一部分になってたからね、コレ!!」
うんうんと頭を何回も振ると、振動で頭がクラクラしてきた。
もう一度テレビ画面を見て、俺は錆び付いた機械のように鈍い動きでその場にうずくまった。
(ヤッベェー!!!!すっかり忘れてたー!!!!すっかりスルーしてたんですけどォォ!!!!)
テレビの中では大物女優が嬉しそうに左の薬指に光指輪をテレビカメラに向け、馴れ初めやらプロポーズの言葉を話していた。


2月にもなれば、3年生である神楽の卒業も、もう目と鼻の先だ。
長かった秘密の関係にも直に終止符が打たれる。
別れるとかそう言う意味ではなく、教師と生徒という立場上、世間一般の恋人のようには堂々と公言できなかったが、神楽が卒業して生徒でなくなれば、そうした壁が一切取り払われる訳だ。
それだけではなく、俺達の場合は神楽の卒業にはもっと深い意味がある。
人生の中でも相当大きなイベントである“結婚”だ。
神楽は高校卒業後は進学せず、俺と結婚するということになっている。
籍を入れるだの、挙式だの、まだ細かいことは話し合っていないが、恐らく神楽も俺と同じように、卒業と殆ど変らないタイミングを考えてはいるだろうということだけはなんとなく感じ取っていた。
なので、コレには時間がないのだ。
ここまでお互い承知なのに、いや、だからこそ、俺は今まで怠ってきてしまったのだ。
(俺、よくよく考えたら、まだ神楽に正式にプロポーズしてねーよな…)
俺達の“結婚”はいつの間にか暗黙の了解になっていた。
愛し合って、同棲までして、やることもやってるから、むしろ今でも結婚した気でいる。
籍を入れようがなにしようが、まだ2人で生活している間は、この関係に劇的な変化はないだろう。
子供ができたって、生活に変化は出ても、神楽への想いや態度は変わる気がしない。
だから、俺としてはないならないで構わないのだ。
「って、神楽はそういう訳にはいかねーよなー。一応、女の子だし。」
不安に思わせてないくらい愛せている自信はあるが、やはりプロポーズがないというのはよくない。
「ロマンチックな〜っていうのがセオリーだよな、うん。」
俺にそんなセンスは皆無だということは分かっているが、無いなりに思い付くものを頭に思い浮かべる。
「指輪…もいるな。」
あと、俺の度胸も試される。
普段、“結婚”を示唆することは言っているのに、いざ正式にプロポーズとなると、途端に緊張してきた。
やると決めたからには妥協はしたくない。
立ったり座ったり、テンションを上げたり下げたりする俺を、神楽は不思議そうにベランダから洗濯物を干しながら見つめていた。
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