花びら
□夏来たるらし
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全ては夏のせいだ、という事にする。
青空に入道雲が眩しくて目を細めた。
季節は七月の半ば、期末考査は終わったのに「単位がうんたら」とか「一学期の復習がうんたら」とかいう名目で学校に来させられる、なんとも中途半端な時期である。テストを返してさっさと夏休みにすればいいのな、わざわざ授業をするなんて教師はMなんだろうか。あ、でも我らがZ組の担任はドSだった。今も内心「嫌がるガキ共の顔たまんねェわ」とか思いながら古文やってるのかもしれない。めんどい、暑い。
もうお察しの事と思うが今の私は絶賛サボり中、この前見つけたオアシス(時計台の影。むちゃくちゃ涼しい)で惰眠を貪るべく寝転んでいる状態だ。だってテスト終わってまた勉強なんて、イジメ以外の何者でもないよ。教師ってドS…あれ、さっきと言ってる事逆だわ。暑い。アイス食いたい。
連日の猛暑は確実に私を蝕んでいる。夜中にエアコンを点けるのは好きでないので消すと、眠れない。しかし点けると「点けない」と決めた自分に負けた気がするので点けない。当然昼間も暑いので、今のように微睡んでいても…。やっぱり眠れない。暑い。
流れる汗を腕で拭って、いやに静かな事な気付いた。そういえば今年はまだ蝉が鳴くのを聞いていない。夏の生き物でも暑過ぎると育たなかったりするのだろうか。夏仕様の生き物でこのザマである。まして人間は春秋仕様に出来ているのだから暑さもひとしおだ。
「…あちィよばかやろー」
「それはこっちの台詞だクソアマ」
「…は!?」
一人言のつもりで呟いたのに返事が返ってきてしまった。しかも機嫌を損ねてしまったらしく、降ってくる声は冷ややかである。仰向けのまま見渡すと、給水塔の影から眉をしかめた高杉が顔を出していた。一段高くなっているので私の方からは見えなかったが高杉は気付いていたらしい。
慌てて「いや、高杉に言った訳じゃないんだけど」と弁明するとフン、鼻を鳴らした。
「上がって来いよ。こっちの方が涼しいぜ」
「マジでか」
「マジ」
「じゃあ行くー。お邪魔しまーす」
機嫌を直したのか促されたのでハシゴを登った。金属製なので熱いがお誘いを断るのも悪いし、と高杉の横に転がり込む。赤くなった手を見て牛乳パックを握らされた。うむ、冷たい。
「痛いなら痛いって言えよバカ」
「だって途中まで登って降りたら二度手間じゃん」
「だからって…もう勝手にしろ」
呆れたらしい高杉がまた転がるので、私も隣に横たわった。確かに下より涼しい。水があるからだろうか、太陽には近いはずなのに不思議なものだ。
「下よりマシだけど、暑いねぇ」
「んー」
「高杉もサボり?」
「おー」
「登る時見えたけど校庭で陽炎たってたよ」
「へー」
…なんとも気の抜けた返事だが一応一回毎にマイナーチェンジしてある。聞き流してはいないようだ、無視されてなくて良かった。
とは言うものの、早く話題が尽きてしまった。何かないか、何か…。仕方がないので思いついたそばから言う事にした。
「高杉って誕生日いつだっけ?」
「八月。お前は秋だっけ」
「うん九月。意外と近いねぇ」
「だな」
「…そういやまた女の子フったんだって?ダメだよ女の子泣かせちゃ」
「…うっせェよ」
「………」
…会話終了!?何が悪かったのか高杉はそっぽを向いてしまったし、私教室戻った方がいいかもしれない。後でドS教師にグダグダ言われるのも嫌だしそうしようか。
反動をつけて体育座りの体勢まで起きると高杉が呟いた。
「俺、他に好きな奴いるし…」
「だから遊びでも付き合えないって?『あの』高杉も本命には真面目なんだ」
「………」
「あの」高杉とは、女遊びの激しさから浮き名を流していたかつての高杉である。いつからかぱったりと噂が絶えたので、Z組のメンバーとは「天変地異の前触れかもしれない」「地球滅亡?」「ないない」とネタにしたりしていたのだが。案外この暑さは高杉のせいだったりしてね。
女の悲しい性だが、人の色恋には口を出したくなるものである(私だけか?)。相手は誰だと言い募るものの答えようとはしない。そして心なしか遠ざかっていく。待て待て、高杉。
「しつけェな。大体お前銀八と付き合ってるって聞いたぜ、人にどうこう言わなくてもいいじゃねェか」
「…は」
衝撃の新事実、私いつの間にあんなドS天パと恋仲になったよ?
アハハウフフする私と銀八を想像して思わず吹き出すと、高杉は視線だけをこちらにやった。
「あはは、あんなプーと?ないない!彼氏いない歴=年齢の女つかまえて何言ってんの!」
「…マジ?」
「マジマジ!この世の春は今いずこ――ってね」
「へェ…」
ゲラゲラ笑い転げる私に高杉はやっと向き直った。その額には汗が浮いている。
なんか顔赤いけど、暑いんだろうか。
「じゃあ、俺と付き合っとけよ」
「…へ?」
「だから、俺の好きな奴、お前」
「…はァァァ!?」
焦れたように繰り返される、二度目の衝撃。高杉それはきっと熱中症だよ、うわ言でしょ?幻覚見えてるんだよね?
しかし高杉はすっかりぬるくなった牛乳を私の手から取り上げて、私を抱きすくめた。いやいやいや、暑いから。くっつくな!
「ちょっ、近い近い。暑い離れろ」
「俺だって暑いんだよバカヤロー」
夏服から覗く腕を汗が流れていく。本当に暑い。
体感温度は今日の最高を記録したはずである。
夏来たるらし
私の人生には、春を一足飛びにして夏が来たらしい。
10.8.10 高杉生誕祝