花びら

□原価600円の恋
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ちょっとした買い物で外に出たはいいものの、私はその決断を玄関から数歩で後悔した。何故ってアレだ、ドア開けた瞬間に両手を差し出されて、ひどく焦った顔の銀髪天パ男にこんな事を言われたら誰だって引くだろう。

「お前が最後の頼みの綱だ!」

「…は?」

「だからチョコを俺にくれ!」

すみません因果関係が全く分かりません。思わず敬語でドアの陰に隠れようとすると、不躾な足が開閉を阻む。チッ、足癖の悪い奴だ。しばらく攻防が続いたが私の根負けに終わった。通りを行く人達の視線が痴話喧嘩を眺めるそれだったし、ドアの枠が歪んだら修理を頼むことになるのは私だからだ。悪いのは全面的に突然無断訪問してきた坂田の方なのに、不本意な思いをするのも財布が軽くなるのも御免である。決して貴様の顔が痛みに耐えていたからではないのだ坂田!…と負けた腹いせに内心で貶した。坂田と話す時は何故か精神的アドバンテージを取りたくなってしまう。

「で、何ですか」

「お前結構馬鹿力よね」

「帰れ」

ゴーホーム!
叫んで体重をかけつつ渾身の力でドアを部屋側に引っ張る。こういう造りになっているのは女の力で侵入者を締め出すためで、初めて正しい使い方をした。しかし今度は体ごと入れられてしまったのでドアがミシミシ言っただけだった。

「ギブギブ!いくら銀さんでも流石にヤバいから!内臓的なものが喉まで来てるから!」

「人んちの玄関をスプラッタ劇場にすんな!」

殺人犯にされては困るので力を緩める。と、同時に坂田の手がおねだりモードになる。
チョコ如きにそこまでする執念が分からない。甘党だとは聞いていたが、実家の猫探しを一度依頼した程度の知り合いである私にはその実態は理解の範疇を超えている。ぶっちゃけ怖い。あげないと恐ろしいことになりそうだが、袂を探ると助けが見つかった。

「はい」

「チロル様!?しかもきなこもちってほとんどチョコ要素ないよね!」

「元々自分用だから…いらないなら返して」

「ありがたく頂きます」

何かもう、いっそ清々しい程に低姿勢だった。下げた頭の角度はきっちり45゚で、そこは反射にしてはすごいと思う。けれど、坂田が言う通りきなこもちなんてチョコって言うかきな粉の塊と餅だ。チョコありがとうと頭を下げられるいわれはない。
そういえば今日はバレンタインだったかと思い出し、そんなにチョコに飢えているのかと胸が熱くなる。いくらなんでも可哀想になってきた。どうせ買い物に行く所だったのだし、あげてもいい気がする。自分でお金を出すのは少し躊躇われるけど、

「600円くれたらあげるよ」

「…お前それぜってェ板チョコ6枚だろ。それくらいなら自分で買うわ」

「え、ちが、」

「チョコあんがとさん」

一応ツッコミ覚悟だったのだが、少し目を細めただけで呆気なく坂田は帰って行く。礼を忘れない辺り腐っても年上だが、何か拗ねさせた?普段と変わらないつもりで話していたけれど沸点が分からないのでやり辛い。
お詫びに行った方が良さそうだが手ぶらは気が引ける。やはり私は買い物に行くべき日のようだ。


***

数時間後、久しぶりに万事屋を訪れる。前回出迎えてくれたのは助手だという男の子だったが、今回はダルい顔の坂田だった。私を見ると口を尖らせたが。

「何の用ですかコノヤロー、万事屋は銀さんが傷心のためお休みですゥ」

「いや、依頼じゃなくて。ってか、さっきはすみませんでした、はい」

突き出したのは小さな箱。訝しげに蓋を開けた坂田は、一度中を見て、閉じた。

「…これ」

「お詫びです。お詫び」

私の言葉に坂田はもう一度蓋を開ける。それを何故かもう一度閉めて、急にシャウトした。

「お前これ手作り!?やったァァァ!」

良かったですね、とどこか他人事のように呟く。
坂田を狂喜させた物は確かに私が作った俗に「生チョコ」と呼ばれるブツだ。しかし手作りと言っても制作キット頼りだったし、材料費は結局600円だった。そこまで喜ばれるとちょっと罪悪感を感じてしまう。
まぁ、クリームとチョコをかき回したのは私だしその労力は報われたのではなかろうか。それに年上なのにあんなにはしゃいでちょっとかわい…いや、別にドキッとかしてないし。

「…いやまさか」

いや、でも…アレ、顔熱…アレ?
…随分安い笑顔で買われてしまった気がする。



原価600円の



12.2.14 St.Vaentine's day



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