花びら
□かき消された言葉
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討ち入りがあった。攘夷浪士の密会の現場を押さえる。抵抗せし者は斬り捨てる由。特に珍しい任務でもない。あいつは女だてらに目覚ましい戦果を挙げ、そして命を落とす事なく帰還した。
その夜である。雨の降る底冷えするような夜。
縁側で煙草をくゆらせていると、夜闇に同化しない黒があった。地は雨に溶けた血で薄紅に染まっている。
「風邪引くぞ」
「土方さんは、」
返ってきたのは返事とは言い難いものだった。返答も相槌も望まぬような声音。それに浮かぶ感情はなんだろうか。
「人を斬って楽しいですか」
「………」
「言葉を変えましょう。少しでも恍惚を味わいますか」
「否定は、しない」
刀を振るう。圧倒的な力を見せつける。瞬間、ちりり。快楽とは呼ばないだろう暗い悦び、それを恍惚と呼ぶのならば。
後ろを向いたままのあいつの表情はうかがえない。雨も止まない。しとしとと黒に降り注いでいる。流れ出す、赤。
「…あなたは、汚れる事に潔いですね」
分からないんです、と空を仰ぐ。
「私は私が、――」
聞こえない。お前の感情を見せろ。
かき消された言葉
ついに震え始めた肩を抱いた。しがみ着く手は仄かに熱を伝えてくる。
お前はまだそれを受け入れられずにいるのか。問わないので答えが返ってくるはずもなく。
雨が止まない。
雨に打たれ続けてもなお、流れる赤は途絶える事を知らなかった。