花びら

□第二ボタン
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時の流れというのは早いもので、気付けば入学してから三年経つ。今日はその学校生活の集大成である卒業式だ。制服を着るのもこれで最後、そう思えば普段の何気ない、習慣にもなった行為でさえ少しの寂しさを伴うのだった。
最後、なのだ。


思い出にしてしまうにはまだ強過ぎる想いがある。ちょうど一週間ほど前の事だろうか、私は告白をした。教会でする懺悔のアレではない。もっとありふれた、男女のお付き合いの申し出である。もう卒業だから、と友達に背中を押されてやっとの事で。そして、私はその返事をまだもらっていない。正確に言うと「ちょっと待ってくれ」だった。卒業の日、式の始まる前に来て欲しい、と。
その場で返事をもらえなかったという事は諦めた方がいいのだろう。優しいから、すぐに断ったら私が傷付くとでも思ったに違いない。そうでないならあんな困った顔は。

考えているうちに学校に着いていた。敷地に沿って植えられた桜の、日当たりのいい枝のものは大分咲いてきている。昔、親が学生だった頃には蕾を見ながら卒業式を迎えたらしいが、やはり温暖化の影響なのだろうか。なんにせよ、私達の世代にとっては普通になりつつある風景である。
彼はまだ来ない。私が言われた時間より早めに来たのだから当たり前だし、待つのは嫌いではないし。むしろ気持ちの整理をするにはいいのかもしれない。

「…土方くん。好きだった、よ」

過去形にしたのはわざと。本当はまだふっ切れてなどいない。でも、どうせフられるのなら、今から言い聞かせないと後が辛いので。
思えば三年間ずっと、彼がいる風景が当たり前だった。3Zの皆と土方くんと私と。ふざけたり笑ったり、泣いた事はあまりなかったけど、好きになるのも当然だったかも、ね。なんて。

「…て、なんで今泣いてんだ私は」

頬を伝う涙を拭った。最後の最後でダメだなぁ。何を告げられても潔く、せめて笑っていたいんだ。

「悪ィ、待たせたか」

「え!あ、ぜ、全然!」

…だけどタイミングって奴があるだろうに土方くん!ハートがパーンしそうだったよ。砕け散りそうだったよ。びっくりして涙も止まってしまった。
向かい合うと少し居心地が悪そうにして、土方くんは桜を見上げた。

「咲いてるな、桜」

「そうだね。満開になったらとっても綺麗だろうね」

「そうだな」

「………」

「………」

「………」

…土方くんとしては話の枕に無難な話題を選んだつもりだろうが、無難過ぎると案外続かないものだなぁ、と思いつつ私も言葉が接げない。どうすればいいんだろうこの空気。
てん、てん、てん、まる。

「…〜〜〜ッ」

先に沈黙に耐えられなくなったのは土方くんだった。前髪をくしゃりと掴み、顔を上げると真っ直ぐに見つめられる。この目に私は弱いのである。心臓が跳ねた。…と、同時に覚悟を決めなければならない。断られる覚悟、を。

「あの、この前の返事だけど、」

「…はい」

「これでいいか?」

「…何これ?」

ポケットから出されたのは学ランのボタンだった。なんだろう、これをやるから忘れろとでも言うのかな。でも物を貰ったら逆に忘れられなくなりそうだ。首を傾げると焦った様に肩を掴まれた。

「おまっ、意味分かってるか!?」

「いや、分かんないけど」

「…マジでか」

今度は落ち込み始めてしまった。何か悪い事を言ってしまったのだろうか。ひどい沈み方である。謝ろうと声を掛けようとすると、ぺしり、頭をはたかれた。

「今時第二ボタン渡される意味が分かんねェ奴がいるかよ」

今、第二ボタンと言ったか。確かに土方くんの学ランは一つ余分に間が空いているけれど。
第二ボタン、ジンクスか何かで、心臓に一番近い特別な場所。それを渡すという事の指す意味はつまり。

「…分かったか?」

「…うん」



僕の心臓に一番近い場所をあげる



思い出にしなくても良いらしいので、涙が止まらないのです。



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