様々なカプを書く企画(仮)−ブック02

□【デンジ攻め】レッド
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「この後どうする? 俺の家に戻るか?」


昨日から泊まりがけで会いに来てくれている恋人・レッドの希望でクロガネ博物館を見学した後、デンジはこの後の予定を問うた。レッドは少し顔を傾け、それから短く頷く。帰る、という意思表示だろう。もしかしたら少し寂しいのかもしれない。
というのも、レッドのポケモンはいま胸に抱きかかえているピカチュウ以外、ナギサのポケモンセンターにいるからだ。リザードン一匹でカントーからシンオウに来るには少し無理がある。なので、交通機関を乗り継いできたというが、その道中、それはもうたくさんのバトルを繰り返してきたらしい。ゆえにレッドのポケモン達はお疲れ気味。唯一、一晩の休息で全回復したのがこのピカチュウ。彼という表現を用いるのが適切かどうかは分からないが、彼はレッドの保護者のような立場にあることがある。レッドはトレーナーとしての実力はトップクラスだが、日常生活において少しのずれがみられた。このずれによるトラブルを回避すべく動くのがピカチュウの役目。だからこそ、もしかしたら気合で回復したのかもしれない。


「なんか食うもん買って帰ろうぜ」

「……うん」


首を縦に振りながらピカチュウの頭を撫でる。ピカチュウは気持ち良さそうに声をもらし、レッドの胸に擦り寄った。そんなのどかな光景が、直後にやぶられる。エンジンをふかす音が聞こえ、爆音が近付いてきたかと思うと、ピカチュウが彼の腕の中から消えた。呆然とするレッド。ピカチュウの鳴き声。去っていく五人の暴走族達。


「ピ、ピカチュウが……ピカチュウがつれていかれた!」


普段無表情で一つ喋るのにもゆっくりなレッドが明らかな動揺を見せて叫ぶ。どうしようとデンジの腕にすがりつく手を彼は握った。じっと視線を合わせると、レッドに少し落ち着きが戻ってくる。


「あとを追おう。ちょっと待っててくれ」


ボールに手をかけ取り出したのはエモンガ。コンテスト観戦にイッシュに出かけたヒカリのお土産だ。デンジの指示で上空に舞い上がったエモンガは辺りを見渡し、やがて一つの方向を指差す。206番道路だ。あの方向に逃げからにはサイクリングロードに無理矢理侵入しての逃亡を図ったかと考えたが、意外に近くにいるらしい。


「さぁ、いくぞ」


デンジの呼びかけにレッドは深く頷いた。二人はエモンガの誘導で206番道路を進む。暴走族は二つある入口の内、狭いほうの洞窟に通じている出入り口の前にたむろしていた。ピカチュウは電気を通さない袋なかに入れられ、もがいている。レッドはポケモンを持っていない。デンジは彼の前に出て、ボールからレントラーとエレキブルを出した。暴走族も臨戦対戦をとる。その時。


「レントラー、エレキブル」


低い声がデンジの背後から聞こえた。周りの空気が変わるのがわかる。背中から流れてくる冷気にまさかと思いつつ振り向くと、帽子のツバを右手で掴んでいるレッドが視界に入った。いつも目深にかぶっている帽子からのぞいた瞳はそれはもう綺麗で、清々しいほどの怒りに満ちていた。たいていのことには動じないデンジもぞくりと身を震わしてしまう。


「……協力、してくれるね?」


デンジにではない、デンジのポケモン達に彼は問いかけた。主に伺いをたてることなく、ほぼ反射で二匹は頷く。ふっとあがったレッドの口角。その時の笑顔をデンジは、なにより向けられた暴走族たちは一生忘れることは出来ないだろう――


◆◇◆◇◆


数分後、そこにはピカチュウを撫でるレッドと、ひたすら甘えるピカチュウの姿があった。保護者を兼任しているとはいえ、こういうときは正当なトレーナーとポケモンの姿だ。早々にバトルに勝利したレッドは、かみなりパンチを暴走族の顔すれすれにきめさせるなど、もう一生悪さができない、下手したら出歩くのも恐怖に感じるような制裁をくわえてから彼らを解放した。レッドを怒らせたらいけない。見ているだけしかできなかったデンジは深く心に刻む。もっとも、レッドが怒るなんて今回のように大切なものを奪われたときぐらいだろうが。
楽しそうな一人と一匹を見ていると少し複雑になってくる。デンジとて同じ状況に立たされたら確実にキレるだろう。けれど、彼はレッドのように極端に表情が乏しいわけではない。それぞれに、特に恋人であるレッドにしか見せない顔もあるだろう。しかしレッドにはいまのところがそれがなかった。ほんの少しだけ、俺で満足なのかとか普段ならわきあがらないような不安がにじんでくる。


「デンジ……有難う」

「いや、別に俺はそこまで役に立ってない」

「デンジがいなかったら……アイツらを追えなかった。場所が分からない……とかじゃなくて、オロオロしていただけだった……と思う。それから君たちにも、感謝してるよ……」


デンジの腰についているボール越しにエレキブル、レントラー、エモンガを撫でる仕草をする。意外なレッドの一面を見て少し怯えていたポケモン達も、彼らだけに向けるレッドの優しい微笑みに安堵したようだった。ポケモン相手なら表情も変えるし、気遣いも大きい。その証拠に暴走族の精神を痛めつけたレッドは、彼らのポケモン達には手ひどい事はしなかった。楽しむためのバトルではないため、決める一撃は冷淡ではあったが、与えたのは必要最低限のダメージのみ。


「デンジ」


呼ばれてぐるぐる思考していた世界からデンジは戻ってくる。現実に帰ってきた瞬間、体が傾いた。いや、レッドに腕を引かれた。唇に温かいものが触れる。唐突な口付けは唇が離れてからも、二人の間に沈黙をうんだ。
じっとデンジの目を見つめていたレッドが恥ずかしそうに帽子のツバを所定の位置に戻す。顔が隠れる瞬間見えたレッドの頬は真っ赤だった。デンジは心の中で叫ぶ。これはいったいどういう状況なんだ! お礼のつもりなのか。それにしては……。もしかしたら、感謝と愛情のしるし? そう思った瞬間、心が躍る。デンジはゆるく口の端をあげ、右手でレッドの首に触れた。


「なぁ、顔見せろよ」

「いやだ」

「どうして? いいだろ、見せてくれたって」

「ぜったい、いやだ」


そのやりとりから溢れだす空気は、甘い恋人たちそのもの。感じていた不安なんか消し飛び、デンジは可愛い恋人を適度にからかい続けた。

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