携帯獣(GL/その他)−ブック
□偽りの微笑み
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めずらしくこうてつ島を離れ、しょうぶどころではなくヒョウタくんの住む家にやってきた私は、化石磨きに夢中な彼の背中を眺めていた。彼はトウガンさん以上に化石を愛している。化石と結婚できるなら、とっくに届けを出していそうなほど。その愛情を少しでも私に向けてくれたらいいのにと思うのはきっと贅沢なんだろう。
「ねぇ、ヒョウタくんは、恋人とかいないのかな?」
「ええっ、なんですか突然?」
彼はおかしげに笑った。確かに急な質問だったけど、そんなふうに笑わなくてもいいのに。
「父さんがなにか言ったんですか? 『うちの息子は彼女も作らず化石に夢中で将来が不安だ』とかなんとか」
「言っていたね。でも、だからいまの質問をしたわけじゃないんだよ」
「ふーん? じゃあ、単純に気になったとかですか」
作業の手をとめて体ごとこちらへ向き直る。まぁ、そんなところかな、と私は笑った。どうして気になるのか、本当のところは言えない。私がもっと若いか、彼がもっと年をとっていたら、問題ないんだろうけど。
「そういうゲンさんもいませんよね、恋人」
「そう、だね」
「あっ、いま、妙な間がありませんでしたか? もしかして、好きな人はいるとかいうヤツですか」
言いあてられ、ドキリとする。見えない角度で拳を握りしめた。だから当然、私の変化に彼が気付くことはなく、呑気な声で言葉を紡ぎ続ける。
「なーんて、本当のところはあれですよね、ルカリオといるほうが楽しいとか」
僕がいま化石優先なようにとヒョウタくんは屈託のない笑みで言う。その表情に少しだけ胸が痛んだ。私の一方的な片想いなんだし、まだ若い彼に分かって欲しいと望むのはズルイことだと理解している。そのはずなのに、心にもやがかかるのは何故だろう。
「……そうじゃないよ」
「え?」
「私が好きな人は別のものしか見えてないんだ。そう、さっきも化石を可愛がっていたし」
真っ直ぐにヒョウタくんの顔を見つめる。言葉の意味を理解した時、まず彼は表情をかたくさせた。それから、すごく困ったような雰囲気になる。首のあたりを掻き、どう言ったらいいか頭を悩ませているヒョウタくんに笑いかけた。虚をつかれたような顔つきをする彼に、さらに笑みを深める。
「冗談だよ。ヒョウタくんはからかいがいがあるね」
「いまのは酷いですよ! 真剣に言うから本気に取っちゃったじゃないですか、もう」
「すまなかったね。安心した?」
「当り前ですよ。ゲンさんはお姉さんみたいな存在なんですから。応えられないけど、一番傷つけたくない相手でもあるし……ああもう心臓に悪いです」
不満そうな彼に今度何か奢ってあげるからと言うと、彼はようやくわかりましたと許してくれた。私が悪いんだけど、さっきの言葉はキツかったなぁ。本音を隠すような生き方をしてきたから、意識していればショックを表に出さないし、泣いたりもしないんだけどね。
「じゃあ早速なにか食べにいきますか」
「奢りの途端にそれかい?」
「……いいですよ、別に奢ってくれなくても、割り勘で。せっかく様子を見に来てくれたのに、ろくにもてなしもしなかったからでしょう? ああいうこと言ったの。それは僕も悪かったですから」
そんなふうにとらえてたのか。ますます私は悪い人だな。
行きましょう、と微笑むヒョウタくんに微笑み返し、私は私の醜い部分を呪った。