携帯獣(NL)−ブック02
□あの時、抱きしめる腕が震えていた
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※HGSSでシロガネ山にいるのがリーフ、かつ生死不明とされていたという設定。
「フシギバナちゃん、そろそろ帰ろうか」
頷くフシギバナを一度撫でてからボールに戻す。いちいち下山するのも面倒だからと、リーフはプテラに乗ってマサラタウンに向かった。街中でおりると危険なので手前の一番道路に降り立つ。
「お、リーフ。いま帰りか」
「グリーンこそ、今日はジムはおしまい?」
グリーンのほうに視線を寄越したままプテラをおさめた。グリーンはリーフのほうに向かってまっすぐ歩いて来る。
「最近はまめに帰って来てるじゃねぇか。急に寂しくなったか?」
「違うよ。そんなに子供じゃない。でも、お母さんをまた心配させるといけないし」
リーフが家に戻った時、泣いて喜んでくれた母親を思い出す。帰ってこなくてもいい。ただ、連絡ぐらいはして欲しいと言われて静かに頷いたあの日。いままで勝利しか知らなかった彼女が、初めて引き分けを経験した日だ。ワカバタウン出身だという、メガニウムとマリルを連れた少年。一瞬の判断で、引き分けという結果は勝ちにも負けにもなっただろう。いままでの圧勝とは違う、体の奥が震えるようなバトルをリーフは初めて経験した。
「あれからヒビキとは?」
「うん。たまに戦ってる。いまのところ引き分け続き」
「そうか。アイツ強ぇからな。……お前のライバルは俺だと思ってたんだけど」
白い帽子を外して、グリーンの大きな手が彼女の頭を撫でる。普段は拒否するその動作を、リーフは黙って受け入れた。
「私のライバルはグリーンだよ。ヒビキくんじゃない」
「何言ってんだよ。俺じゃあお前の手持ち半分潰すのが限界だぜ」
「確かにバトルの腕だけでいえばライバルは彼だけど……でもね、違うんだよ。グリーンと戦う時の感覚は」
ヒビキとのバトルも他とは感覚が違う。けれどポケモントレーナーとしての楽しさのわくを抜け出すことは一度もなかった。グリーンとはいままでの付き合いもひっくるめて戦っている。ポケモン以外のことは敵わなくてバカにされたりからからわれたりしたこと、たまに優しくしてくれたこと、一度だけテストの点で勝ってひどく悔しがられたこと。トレーナーとしての心、幼馴染としての心、この二つが楽しめるバトルはグリーンだけで、そういう相手こそライバルだとリーフは思っていた。
「そうか、俺様のイケメンっぷりにドキドキしながら戦ってるってわけか」
「そんなこと言ってないもん。グリーン別にイケメンじゃないし。ダサい!」
「ダサ!? なんつー失礼なことを!!」
ぐしゃぐしゃを髪を撫でられ、リーフはグリーンの手をきつくはらった。彼の手から帽子を奪い、手で整えた頭の上にそっと乗せる。
「なんだよ怒ることないだろ」
「……別にそこまで怒ってないよ。それより早く帰ろうよ」
「ああそうだな。おばさんもお前の帰りを待ってるし。心配させたくないってのも本当だろうけど、やっぱり寂しんだろー?」
ニヤつくグリーンを、歩きながら彼女は軽く睨みつけた。まったく寂しくないわけではない、心配させたくないというのも本当、けれどそれが定期的に帰ってくるようになった本当の理由ではない。グリーンは忘れているのだろうか。立ち止って彼の顔をじっと覗きこむ。
「な、なんだよ」
「グリーンは嬉しくないの?」
「は? な、なにが」
「私が帰って来て」
あの日、ヒビキと引き分けたあの日、誰から聞いたのか夕食を食べて自室でくつろいでいたリーフのところへグリーンがやってきた。久しぶり、そんな一言を遮るかのように、彼はベッドに背中を預けて座っている彼女の前にやって来て、唐突に抱きしめたのだ。驚くリーフを余所にグリーンは腕に力を込めて、良かったと一言呟いた。その言葉がなぜだかとても切なくて、それでいて温かくて。
「嬉しくないってことはないだろ、幼馴染なんだからさ。それに消息不明だったわけだし」
「……別に、っていうかと思ってた。グリーンのほうが寂しかったんじゃないの、私がいなくて」
「はぁ!? まさか、そんなわけないだろ! 俺より強いヤツなんてそうそういねぇし、退屈だっただけだ!」
「ふーん? 私がこうやって帰ってくるようになったのはグリーンが原因だけどね」
へっ、と間抜けな声を出す彼に笑う。そうだ。あの日、抱きしめる腕が震えていて。それに気付いた時、もっともっと胸がぎゅっとなって。嬉しくもあり、申し訳なくなる感覚。それを二度味わうことが嫌で、黙って長期の留守をすることをやめたのだ。
「グリーンが泣いちゃうといけないから」
「誰が泣くか。いい歳して」
「強がっちゃって。相変わらず素直じゃないんだから。……でもね! 私、グリーンのそういうところ大好きだよ」
「え、は、す、好きって……!」
「変な意味じゃないよ? 幼馴染だもん。そういうところも全部合わせて大切なグリーンだって思ってるだけ」
誤解しないでね。と笑顔で告げて、まだうろたえている彼に背を向けて走り出した。