携帯獣(NL)−ブック02
□僕だと思って大切にして
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一番道路の海が臨める場所。先日たまごから生まれたばかりのポカブを膝に乗せ、ホワイトは海を眺めていた。ただのんびりと流れゆく時間を過ごす彼女の背中にチェレンは声をかける。ホワイトはゆっくりと彼のほうを向けた。「久しぶり」とありきたりな言葉を交わしながら、彼は彼女に近付き、隣に腰を下ろす。
「こうしてちゃんと顔を合わせるのは二ヶ月ぶりぐらいか」
「そうねぇ、ライブキャスターで連絡は取り合ってるけど、直接会うのはそれぐらいかも」
ホワイトは懐かしそうに笑うと、うとうとしているポカブの頭を撫でた。気持ち良さそうに目を細めたポカブはやがて眠りに落ちる。微笑ましげな彼女の横顔をチェレンはじっと見つめた。彼女に兄弟はいない。が、近所の幼い子に人気があるのでよく面倒を見ていた。今の表情はまるで、彼女らをあやす時に似ている。そんなことを考えていると、ばちりと目が合った。眺めていたのだから視線に気づくのは当然と言えば当然なのだが、やはり少し驚いてしまう。
「なに?」
「いや……ただ、子供達を相手にする時と似てるなと思っただけだ。顔つきとか」
「へぇ、そんな顔してた? っていっても、あの子たちを相手にしてる時の自分の表情なんてわからないけど」
「母親みたいな顔だ。将来、きっといいママになるだろうな」
「えっ」と声をあげるたホワイトに、先程の言葉に含まれる願望に気づかれたのかと、彼は内心冷や汗を垂らした。が、そんなことはなく。彼女は可笑しげに笑った。
「チェレンったら久しぶりに会った叔父さんみたい」
「おい」
「だぁって、そういう表現のしかたなんだもん。……でもありがと! 自信ついた」
「それは、そうなりたいって思わせる相手がいるってことか」
もちろんただ単純に、いつかは母親になるのだからその時いい母親になれたら嬉しいと思っているだけかもしれない。しかし「自信ついた」とまで言われるとどうしても悪い方に考えてしまう。将来をともに歩みたいと思う相手がいるからそんな発言をするのではないか、と。
チェレンの心配をよそにホワイトは数回目を瞬かせ、その後盛大に噴き出した。
「そんなのいるわけないじゃない! いまはポケモンに夢中だし、好きな人がいたとしても気が早すぎでしょ」
「現実的だな。そういう想像をするのは普通なんじゃないのか」
「そうかもしれないけど……っていうかチェレンはなんでそんなこというの? こういう話題そのものに興味ないと思ってたけど。チェレンこそ好きな人がいるとか?」
「いるわけないだろ」
もともと顔には出ないタイプのチェレンは、心の動揺をまったく表に出すことなくホワイトの言葉を否定した。「だよねぇ」と笑う彼女に心のどこかが曇る。本当は好きな人がいると、それはキミだと伝えることも出来たが、まだそれは早いように思えた。現段階で告白してもふられることは目に見えている。
それに、だ。彼自身、旅に出てしばらくしてから彼女への自分の気持に気づいたのだ。それですぐに、というわけにはいかない。
「そういえばそれ」
「えっ」
「そんなのつけてたか?」
ホワイトのかばんについているダルマッカのキーホルダーとなにかの石のストラップを指差す。指し示すものを目で確認した彼女は、ああ、と思いだしたように声をあげ、言葉を紡ぐ。
「これはね、ハルオとNにもらったの。あ、Nは正確には送ってきた、かな」
「送ってきたって! ハルオって誰なんだ!?」
「な、なによ、突然勢いづいて、らしくない。Nのほうはシンオウ地方でとれた、べにたまとかいうのを加工したやつらしいの。自宅に送られてきたんだけど、住所までポケモンから訊いたのかしら。ポケモンって住所ってやつを理解してるのね」
「なんでつけてるんだ?」
「なんでってせっかくもらったし。あっ、さすがにシンオウにいるらしいことはハンサムさんに伝えたよ?」
そういう問題かと指摘したかったが、きっとホワイトには無駄なので我慢する。それに外せという権利はチェレンにはない。
「それでそのハルオっていうのは?」
「ハルオはライモンシティで仲良くなった人。一緒に観覧車とか乗ってるの。これはお礼だってプレゼントされたの。私も楽しんでるから悪いなぁとは思ったんだけどね」
笑うホワイトにチェレンは急に不安になる。昔は意識もしていなかった、いや意識していたことに気づいていなかったので気にもとめなかったのだが、ホワイトは意外にも男性にもてる。本人が色恋沙汰にそんなに興味がないことと、自分に向けられた好意に疎いことで誰かとなにか進展があるわけではないが、相手がアプローチを続ければホワイトもそういう気になるのではないだろうか。
しかし、チェレンはなにかものを贈るということがどうもできなかった。誕生日など理由がなければ、何故プレゼントしてくれるのかと問われた時、うまいことが言えそうにない。だが、何もしないのもむず痒かった。悩んで悩んで、彼はあることに気づく。
「あ!」と突然声をあげたチェレンに、ホワイトは驚いたのか身体をびくつかせた。
「これ!」
「えっ、えっ、なによ、突然……」
押しつけたのはポケモンのたまご。トレーナーが育成するのと、育てやで育成するのとの違いが知りたくて一時預けたジャローダがいつの間にか持っていたものだ。
「ホワイトにあげる」
「それは嬉しいけど……いいの?」
「ああ。君に育てられたほうが早く孵りそうだしね。生まれたら、連絡してくれ。直接みにいく」
さりげなく直接のところを強めに言う。わかった、とホワイトは頷いた。もらったばかりのたまごを抱えあげ、まじまじ観察する彼女を尻目に彼は立ち上がった。この場にいるのが少し恥ずかしかったのだ。真意を知らないホワイトは当然なんでもない表情だが。
「じゃあもう行くよ」
「うん。気をつけてね」
「キミのほうこそ」
くるりとホワイトの背を向ける。見送る彼女の視線を背中に感じながらチェレンは一歩二歩と歩みを進めた。そして、十歩ほど進んだところで足をとめる。ホワイトは今、どうしたのかと不思議がっているのだろうか。そんなことを思いながら意を決して言葉を発した。
「そのたまご、僕だと思って大切にしてくれ!」
ちょっと声が上ずったことを失敗したと後悔しながら、チェレンは走り去った。少しぐらいは普段と違う自分を、そこに隠された感情を感じとってもうことができただろうか。
そんな彼の期待は、数日後再会したブラックの「幼馴染を想うように、ちゃんと大切にしないと許さないからなってことだと思ってるよ」という情報により、もろくも崩れ去るのだった。