夢が集いし魔法の夜


魔術師クロナ
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 「――我は星空を駆ける者。汝は青天を見上げる者」


 突き出した両腕を交差させ、堂々と目を閉じて言葉を紡ぐ。口にするは、魔術の詠唱。


 足元に魔法円が展開し、眩い光で照らし出す。

 そして同じく、“手袋の術式の印が輝き出した”。


 言葉とは言霊。詠唱により発せられた言霊が魔術に意味を与え、魔術はそれを形に変えていく。

 双方、クロナが卓越した手腕で構成した魔術式により、高速化して現実へ干渉。即座に具現化する。


 ある程度の魔力を持たない者にしか視認すらできない、透き通った碧色の鎖が、蛇のように首をもたげる。

 《流星の鎖―ミーティアラ―》。計、6本。


 しかし、魔術の具象化は止まらない。

 更なる術式の発動に従い、クロナの内なる魔力を糧として形を現していく。


 それは、――剣。


 美麗でありながら無駄な装飾を避け、敵を貫くべく洗練された鋭利な刃。

 軽量を重点に置き、代わりに長さを僅かに抑えたそれは――細剣(レイピア)。両手に二本。


 初見の術式に「おや?」とクレッシェンドが興味深そうに首を捻る。

 想定していた展開と違うのか、困ったように声を出した。




 「何やら新しい術ですねぇー。『錬製』の類いですか? それとも倉庫からの転移?」


 「どっちも外れ」




 試し切りをするように、軽く振るうクロナ。

 風切り音が高らかに鳴り、掠めた草が切り取られて飛び去っていく。


 《光明剣―レイクス―》。それがこの細剣の銘であり、術式の名でもある。


 剣は構えずただ両手に下げ、軽く足を開いた。


 クロナの狙いは――実はまだ決まっていない。

 まずは先の戦闘で得た情報を元に流れを優勢に持っていき、弱点が判明次第、即座に打倒する。


 自らが優位に立てるよう、初手の作戦を速やかにに立てるとしよう。


 クレッシェンドはステッキを指に掛けてくるくる回していた。相変わらずの余裕ぶり。

 クロナは構わず姿勢を低くし、細剣を左右に掲げて突撃した。




 「――はっ!」




 横に薙ぐ左の細剣。大振りな一撃はステッキにより、滑りながら受け流される。

 だが、クロナは流された左腕の上を縫うように、右の細剣を突き出した。

 ――速い。


 「おっと!」と、クレッシェンドは危ういところで上体を反らし、追撃を避けるために後退する。

 しかしまだ足りない。遠ざかるべき距離が。




 「《流星の鎖》――ッ!!」




 剣の間合いから逃れる敵を、幾本もの鎖が追尾する。

 夜の闇を駆けるそれは、さながら流星の如く。碧色の透き通った光を散らして突進した。


 クレッシェンドは驚きながらも冷静に見極め、鎖の分銅をステッキで叩き後方へ流す。

 ――それすらも、クロナの読みの内だった。


 流された鎖の勢いをそのままに、分銅を重みとして円を描くように振り回す。

 計4本。咄嗟のことでさしものクレッシェンドが反応できなかった。




 「これは……」


 「縛りつけろ(バインド)!!」




 クレッシェンドの四肢に巻きついていく鎖は彼の自由を奪い、その場へと固定する。

 だめ押しに残りの2本が射出され、クレッシェンドの銅を左右から締め上げていく。


 まさしく固定だった。鎖は緩むことも伸びることもしない。

 “全身の力”を抜いたクレッシェンドが、直立のまま動きを止めていた。逃げ場などない。


 展開した魔法陣に鎖を放置し、クロナは再び突撃。低く構えた左右の細剣を交互に突く。

 今のクレッシェンドには到底避けられないはず。――だった。




 「《魔力変容―メルフォタス―》」




 クレッシェンドが厳かな口振りで、何事かを綴る。

 途端に《流星の鎖》は、その姿を破片に変えて消滅した。


 舌打ちするクロナだが、後に引けば優位が崩れる。このまま攻撃を続け、敵に妙な真似をさせないようにする。

 クロナはクレッシェンドの前で急停止し、バネの力で彼の顔を目掛け右の剣をて突き放った。


 唸りを上げる刃をクレッシェンドは首を傾けて避ける。そのまま流れに身を任せ、クロナと零距離で肉薄した。

 クロナは左の剣を跳ね上げるが、右の剣共々腕を捕まれ勢いを殺される。


 優勢だった状況は、いつの間にか不利なものへと変わっていた。

 読みに読みを重ねた猛攻を、いとも容易く封じられるとは。

 クロナは苦虫を噛み潰したような表情をする。




 「こ、の――っ!」


 「さ、まずは君の悪夢を探ってみようか」




 逆に逃げ場を失ったクロナに、クレッシェンドが魔術を行使する。

 優しく柔らかい、それでいて危険な匂いのする光が視界を覆っていった。

 
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