夢が集いし魔法の夜
□鎖の魔女
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まるで氷や飴菓子が溶けるように“世界が崩れ”、幻想的な空間から元の菫ヶ丘公園に戻る。
どうもクレッシェンドが去ると同時に何らかの術が解けたらしい。何はともあれ、“帰ってきたのだ”。
と、クロナがゆっくりと歩み寄るのが目に入りユウキは改めて向き直る。
まず、するべきことは決まっているからだ。
「いやいや助かった。ありがとう」
「礼には及ばないわ。戦えない男を守る女の子だっていてもいいし」
――……一々癪に触る言い方をしてくるが、まあいいだろう。
一応、命を助けてくれた恩人という立場なのだ。好きに言わせておこう。
「また今度お礼するから、何がいい?」
「お礼? ああ、そう。私、命の恩人なわけね」
「そういうこと。ホレ言ってみろ。甘い物ぐらいなら俺の金――」
「じゃあ奴隷は? 住み込みで私の食事、洗濯、掃除を喜んでやって頂戴。それと学校じゃ首輪を付けてね。他の生徒に自慢して。『これが私の御主人様です』って」
「お前どんだけ鬼畜ッ!? 恩人だけど鬼だろそいつ!! やってることが敵キャラじゃん!!」
「駄目よ、敬語を使いなさい。でもでしゃばらないで、あなたは奴隷であって執事ではないの。穢らわしい身の分際で私に触れることは許されないわ」
「何様だよッ!!」
「恩人様よ」
「そうだったよッ!!」
――もしかして俺、まだ助かってないんじゃね?
内心でその可能性に辿り着いたユウキの背に、嫌な汗が浮かび上がる。
命が助かっても心が死んだんじゃ意味がない。
というかこの女(クロナ)、敵キャラ断定でいいんじゃないか? 言ってることが悪魔っぽいし。
「――まあ、冗談さておき」
「うん? お、おう」
そうか、さすがに冗談だったらしい。
まあそんなこと実践されたら人権と同時に人格も崩壊するっていうか、天国から一転して地獄な目に。
腕を組んでウンウンと頷いていたユウキ。
その首筋に、鉄のように“ヒンヤリした何かが当てられた”。
…………あれ?
「私の正体を知られたからには生かしておけない」
「な、何じゃそりゃぁぁぁぁああ!!」
頸動脈の箇所バッチシにロックオンした鎖の分銅が、ユウキに向けられている。
先程から鎖を消してない(……魔法だ、みたいなこと言ったし)ことには理由があったのか。
クロナの目はとても澄んでいた。汚れなど一切含まない真っ直ぐな瞳。
だがそれが殺意という形を持ってユウキに向けられているこの状況は、――絶体絶命(デッドオアアライブ)!?
「………………あ、あはは」
「どうしたの? 恐怖で頭が壊れた?」
「はーっはっはっはっはっは!!」
「ふふふふ……。それじゃあ、死――」
「――んでたまるかボケェェ!!」
こちらを狙った鎖4本を的確に一瞬で見切り、ユウキは全速力で後方へ駆け出した。今日は逃げてばかりだ。
予想外だったのかクロナは驚きながらも、それに瞬時に対処する。
突き出す右手。同時に碧色に澄んだ色をした鎖達が、ユウキの背に追いすがった。
「逃げられないわ。“あなたには見えないでしょうけど”私の鎖はまだまだ伸びる。観念なさい」
「知るか! 俺は逃げ足には自信と定評があるのさ!」
「自慢しないでよそんなこと――なっ!?」
クロナが驚愕のあまりに息を飲む声が聞こえる。
だがそれを気にせず、ユウキは“二発目”に入った。
蹴り上げた右足が鎖の分銅を一つ弾き飛ばす。
勢いで転びそうになるも、そのまま不安定な力を使って足元に伸びていた鎖を踏み潰した。
(遅い……、随分とまあ一般人だからって手加減するんだな。ホントに殺す気あるのかね)
魔法だか魔術だか、ともかくこんな不可思議な力を使っている割りには“スピードがなかった”。
確かに速いのだが、頭の中がよくわからないが戦闘のスイッチが入って、機敏に動いているのだ。
体はしっかりと“いつも以上に付いてくる”。そのため、ユウキ自身は全く違和感を感じない。
――何故戦えるか疑問がよぎるも、小さなことを気にしていたら捕まってしまう。
事情は知らないが、ここは帰宅させてもらうとしよう。
「ふはははっ! さーらば、…………だ?」
にこやかな笑顔で振り返ったユウキが見たものは、大きな何かだった。
いや実際は1メートルほどだろうが、あまりにも近いせいで大きく見えたのだ。
キラーンと流れ星のように高速で飛来した“何か”を避けようとするも、“気づくのが遅かった”。
――今日の運勢、最悪。
――それが、ユウキが見た今日、最後の光景だった。