夢が集いし魔法の夜


出現せし
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 「遅い」


 食卓の椅子の上で胡座を組み、腕も組んでふてぶてしく構えているユウキ。

 目の前に広がる夕食は当然ユウキの自作で、東雲家自慢のカレーライスだ。加えて適当に作ったサラダ。


 当番だからと早めに娯楽(?)を切り上げて帰ってきたユウキは、思う存分腕を振るった。

 さあ、後はヒマリの帰宅を待つのみ。待つのみなのだが……。




 「遅いぃぃぃ……!!」




 文字通り、おあずけ。

 好物を前にして主人に食うなと言われた忠犬のごとく――いやそもそも主人なんていないし、ユウキは犬じゃない。

 だがその顔は我慢のし過ぎで発狂寸前だった。

 時折吹く息に怒りの炎が混じっているような。いや、辛い物はまだ食べていない(?)。


 本来なら先に食べてしまうのだが、それをしない理由は意外と深刻だ。

 現在時刻は9時をとうに過ぎている。


 カレーはとっくに冷め、腹の虫など死に絶えた(?)。


 連絡一つ入れば即いただくところだが、生憎連絡はこないしこちらから送ったメールの返事もこない。

 電話? もう5回はした。


 さすがに心配になってくる――――




 「遅い。遅い遅い遅い遅い遅いぃぃいい!!」




 心配タイムなど既に終了した。段階はイライラタイムへと移行している。

 次はブチギレタイム。最終的にゲンコツタイムだ。


 全く、連絡寄越せ! いや何かの事件に巻き込まれていたとしてもだ!

 もし誘拐されてたら誘拐犯をぶちのめしてでも連絡寄越せ!

 俺は早く、カレーを食いたい……!




 ――――ねーむれ。ねーむれ。ねーむれ。

 ――――ねーむれ。良い子よ、ねーむれ。




 「大体、いつもいつも自分勝手な真似しやがってあの小娘。面倒な目に会うこっちの身になれッ!」




 ――――ねーむれ。ねーむれ。ねーむれ。

 ――――ねーむれ。良い子よ、ねーむれ。




 「くそ、こうなったらアイツの分まで食ってやる。知らねえよ俺、折角作ってやったけど俺食っちゃうかんなー」




 ――――ねーむれ。ねーむれ。ねーむれ。

 ――――ねーむれ。良い子よ、ねーむれ。




 「よし、ついでだついで! 母さんの大事なお酒シリーズを今こそ! 良いじゃん良いじゃん、誰もいないしー!」




 ――――ねーむれ「いい加減にしろってんだうっさいんじゃこのボケェ!!!!」




 イライラしているというのに更に怒りを募らせたいのか、歯軋り全開で周囲を見渡す。

 人の家に忍び込むならまだしも、まさか歌うほど余裕があるとはいい度胸だ。

 明らかに喧嘩を売っていると見た。


 椅子の上で立ち上がり飛び降りる。

 腕や首、肩をゴキゴキ回しながらズカズカと居間へ足を踏み入れた。


 フッ――――視界は急に暗闇に包まれる。


 侵入した泥棒(?)が配電盤のブレーカを上げたのか、先程まで点灯していたリビングの明かりは綺麗さっぱり消えた。

 驚きはしなかった。臨戦体勢に入ったためか。


 だが、脳裏に『子守唄』という単語が流れた時、ユウキはそれに当てはまる展開を思い出した。

 ――そういえば先程の歌、確かにあれは子守唄。

 ――都市伝説の、アレが今まさに?




 足音一つしない。あるのは息遣いのみ。

 いや、本当にそれだけか。

 やはり足音もない。

 あるのは息遣いのみ――――って、




 「何で息遣いが二つもあんだこのド阿呆ッ!!」




 振り向き様に繰り出した右足蹴りは、見事にも“背後にいた気配”に向かっていった。

 ガツン! ――ただし、躱されて右足はテーブル直撃。

 気にする間もなく、ユウキはその気配に集中した。


 月明かりがカーテンの隙間から差し込み、ユウキの視界に気配の正体が朧気に映り込んだ。


 その、――――敵の姿が。




 「……おやおや? 不思議なこともあるんですねえ。まさか、子守唄を聴いて起きてる人がいるなんて」


 
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