夢が集いし魔法の夜
□出現せし魔物
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「遅い」
食卓の椅子の上で胡座を組み、腕も組んでふてぶてしく構えているユウキ。
目の前に広がる夕食は当然ユウキの自作で、東雲家自慢のカレーライスだ。加えて適当に作ったサラダ。
当番だからと早めに娯楽(?)を切り上げて帰ってきたユウキは、思う存分腕を振るった。
さあ、後はヒマリの帰宅を待つのみ。待つのみなのだが……。
「遅いぃぃぃ……!!」
文字通り、おあずけ。
好物を前にして主人に食うなと言われた忠犬のごとく――いやそもそも主人なんていないし、ユウキは犬じゃない。
だがその顔は我慢のし過ぎで発狂寸前だった。
時折吹く息に怒りの炎が混じっているような。いや、辛い物はまだ食べていない(?)。
本来なら先に食べてしまうのだが、それをしない理由は意外と深刻だ。
現在時刻は9時をとうに過ぎている。
カレーはとっくに冷め、腹の虫など死に絶えた(?)。
連絡一つ入れば即いただくところだが、生憎連絡はこないしこちらから送ったメールの返事もこない。
電話? もう5回はした。
さすがに心配になってくる――――
「遅い。遅い遅い遅い遅い遅いぃぃいい!!」
心配タイムなど既に終了した。段階はイライラタイムへと移行している。
次はブチギレタイム。最終的にゲンコツタイムだ。
全く、連絡寄越せ! いや何かの事件に巻き込まれていたとしてもだ!
もし誘拐されてたら誘拐犯をぶちのめしてでも連絡寄越せ!
俺は早く、カレーを食いたい……!
――――ねーむれ。ねーむれ。ねーむれ。
――――ねーむれ。良い子よ、ねーむれ。
「大体、いつもいつも自分勝手な真似しやがってあの小娘。面倒な目に会うこっちの身になれッ!」
――――ねーむれ。ねーむれ。ねーむれ。
――――ねーむれ。良い子よ、ねーむれ。
「くそ、こうなったらアイツの分まで食ってやる。知らねえよ俺、折角作ってやったけど俺食っちゃうかんなー」
――――ねーむれ。ねーむれ。ねーむれ。
――――ねーむれ。良い子よ、ねーむれ。
「よし、ついでだついで! 母さんの大事なお酒シリーズを今こそ! 良いじゃん良いじゃん、誰もいないしー!」
――――ねーむれ「いい加減にしろってんだうっさいんじゃこのボケェ!!!!」
イライラしているというのに更に怒りを募らせたいのか、歯軋り全開で周囲を見渡す。
人の家に忍び込むならまだしも、まさか歌うほど余裕があるとはいい度胸だ。
明らかに喧嘩を売っていると見た。
椅子の上で立ち上がり飛び降りる。
腕や首、肩をゴキゴキ回しながらズカズカと居間へ足を踏み入れた。
フッ――――視界は急に暗闇に包まれる。
侵入した泥棒(?)が配電盤のブレーカを上げたのか、先程まで点灯していたリビングの明かりは綺麗さっぱり消えた。
驚きはしなかった。臨戦体勢に入ったためか。
だが、脳裏に『子守唄』という単語が流れた時、ユウキはそれに当てはまる展開を思い出した。
――そういえば先程の歌、確かにあれは子守唄。
――都市伝説の、アレが今まさに?
足音一つしない。あるのは息遣いのみ。
いや、本当にそれだけか。
やはり足音もない。
あるのは息遣いのみ――――って、
「何で息遣いが二つもあんだこのド阿呆ッ!!」
振り向き様に繰り出した右足蹴りは、見事にも“背後にいた気配”に向かっていった。
ガツン! ――ただし、躱されて右足はテーブル直撃。
気にする間もなく、ユウキはその気配に集中した。
月明かりがカーテンの隙間から差し込み、ユウキの視界に気配の正体が朧気に映り込んだ。
その、――――敵の姿が。
「……おやおや? 不思議なこともあるんですねえ。まさか、子守唄を聴いて起きてる人がいるなんて」