夢が集いし魔法の夜
□鎖の魔女
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「こんばんわ。全く、どこの誰が襲われてるのかと思いきや――」
「うっさい、こちとら好きで――」
「寝不足抜群の東雲ユウキ君だとはね」
「どういう覚え方してんだ貴様ぁぁあ!」
未だにズキズキと痛む後頭部を押さえ、涙目で絶叫するユウキ。
だがクロナの視線は既に、クレッシェンドを射貫くように見つめていた。――無視か!
「半閉鎖型の結界……いや、単なる人払いの術か。こんな一般人を相手に随分と“派手な貼り紙を天井にくっ付ける”のね」
「全力で物事に挑むのがモットーなので」
『こんな』ってなんだ『こんな』って、と腕を突き上げて抗議するユウキだが、生憎その声は耳から耳へと突き抜けているらしい。
何だこの女!? これがこいつの本性!? ――かなり酷いし真っ黒じゃん!!
ポカーン。口を開けて唖然とするしかないユウキだが、既に蚊帳の外にいる身となっては他にしようがない。
今の内にこっそり逃げてしまおうか。多分気づかれないと思う。
「まさか魔術師に感知されてしまうとは……。ホント少年といいあなたといい、今日は何なんですかね。…………あ、星座占い……運勢最悪だったっけ」
「こちらの台詞よ。あなた魔術師なの? それにしては色々と“中身”がおかしい思うけど」
風を切るようにクレッシェンドは右腕を横に薙ぐ。指先は血色に明るく輝いており、それが爪痕のように空間に軌跡を残した。
同時、足元の光の円からは水泡が浮かび――それらはトランプのように薄く象る。
それが、――飛来した。
「私は常に進化する者……」
「なるほど、馬鹿なのね」
自らに迫る赤い刃にクロナは余裕を崩さず、冷静に対処した。
突き出される右手。そして背後に輝くのは光が描く正円。
西洋文字に似た字体をしながら、まるで墨で書いたような刻印。蒼白く輝く円が、クロナの背で展開した。
「《流星の鎖―ミーティアラ―》」
突如、異変が起きた。
クレッシェンドの差し向けた血の刃の数々が、“急に”砕け散った。
同時に聞こえるジャラジャラとした軽い金属音が鳴る度に、次々と刃は崩れ去っていく。
遂に手元の刃まで砕け、クレッシェンドは滑るように“それ”を回避した。
一見クレッシェンドの攻撃が自爆していったかに見えるが、実のところは違う。
薄い、硝子細工のように透き通った『鎖』がクロナの背後にある光の円から飛び出しているのだ。何本も。
鎖の先には、二つの四角錐の底面同士を重ねたような分銅が付いており、それらが突撃して先程の刃を破壊したのだ。
「鎖…………?」
ちゃっかり細目で目を凝らしていたユウキは、この“明るい夜空”に溶け込むような鎖をジロリと見る。
まあ謎の怪人が現れるぐらいだし、今頃どれだけヘンテコなものが出ようと納得するしかない。
でなければ、頭がこんがらがるだろう。
「ふむ、どうやら自作の魔術のようですね」
「あなたにこの鎖が“見えるかしら”? 大した実力のない人間には“見えないように”仕様で出してあるんだけど」
横向きに構えるクロナ。接近して一気に決めるつもりか、足腰に力を込めている。
踏み込んだ後に、逃げ場のないよう接近戦をするらしい。
「いやはや、今日はもうお腹が空いたものでね。帰らせてもらいます」
「なっ、人の食事を邪魔しておいて自分だけ!!」
「はっはっは。私は他にもディナーの約束をしているからね。じゃあまた。シーユー」
「二度と来るなぁぁぁぁあああ!!」
先程と同じく“空間に溶けるように”して消えていくクレッシェンドの背を見つめながら、ユウキは足元の石ころを投げつけた。
――はっはっは。コン。あ痛っ。…………。
どうやらギリギリ間に合ったらしい、後頭部に直撃して頭を押さえながら消えていった。
――何とも、恐ろしく“腹が立つヤツ”に襲われたものだ。
とりあえず、何とかこの場を乗り切った。