暁光の名のもとに
□あかつき2
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「はっはっは。どうだ、あかつきは」
「すっごい快適。うん、洗面台も綺麗だし。文句の言い様がないわ」
再び定食屋のカウンター前にて、二人は会話を広げている。
あかつき屋の自室を未だに思い起こしている美玖の目は、幼い子どものようにキラキラと輝いていた。
それほどまで良かったのか。
臣郎は自分の孫を見ているようで微笑ましかった。
時間も流れ、そろそろ三時のおやつだろうか。
と、臣郎がへそくりと一緒に棚に隠したカステラを食べようかと思った時だ。
「…………あ、そうだ。……ねえ、お爺ちゃん、良かったらこのお店でバイトさせてくれない? ……無理なら、どこか紹介してほしいの」
「む? どうしてまた急に」
「ここの家賃はお母さんが払ってくれるんだけどね、食費とかおこづかいは自分で貯めないといけないのよ。……まあ、一応独り暮らしなんだし」
テーブルに突いていた肘を下げ、パンッと両手を合わせながら頭を下げて頼み込む。
誠心誠意のお願い、というわけではないが少々お困りな様子だと理解できた。
ため息も漏らしたのを見て臣郎はふむと唸る。
正直、この店はそれほど儲かっていない。
臣郎が自慢の妻、都子の美味な料理を知る一部の常連から料金を頂く。
それに加え、今日から美玖を含めたあかつき屋で部屋を借りる人間から代金を徴収。
その二点により利益を得ている。
元々、資産が結構貯えられている尾山家。
この特殊な店は趣味の一貫で作ったものなのだ。
バイトを雇っても、ろくな給料がでない。
だからといって資産の一部を給料に加えては美玖のためにはならない。
そして、“今回の出来事においての家出の意味がなくなってしまう”。
臣郎の答えは元より決まっていた。
「……残念じゃが、この店儲かってなくてのー。すまん」
「え? いやいや、謝らないで。こっちが無理言ったんだし。最初は自分でどうにかする気だったし。……そっかー、やっぱり儲けてないか」
「おい。やっぱりってなんじゃ。やっぱりって」
「え? あ、あはははー」
美玖、笑って誤魔化す。
つい、口が滑ってしまったようだ。
美玖はため息を再び吐いて店の天井を見上げる。
ふと、美玖はその時に気づいた。
一度天井を見つめ直し、次いで店の入口に視線を移す。
「ねぇ、お爺ちゃん。もう一つ聞きたいんだけど」
「何じゃ」
「この新築同然のあかつき屋なんだけど二階はあるのよねぇ」
「まあ、“一応の”」
「何に使ってるの?」
問いの後に、美玖はゆっくりとテーブルに置かれたコップを口につけ、水を飲んで喉を潤した。
いい加減、話し過ぎて疲れてきている。
そんな美玖の考えは、意外と深い。
美玖の予想では、この店の二階は大したことに使われていない。
入口の階段はキッチンの奥にあるのは確認済み、そんな場所にあるのならば定食屋の客は通れない。
ということは客間ではない。
他にあるとすれば物置、もしくは空き部屋といった具合だ。
臣郎夫婦の部屋は隣、というより裏のマンション内のため違うだろう。
もし良ければ、その部屋で何か自営の仕事ができれば中々面白いだろう。
そんな期待を天井を見上げた一瞬で思いついたのだった。
美玖の笑顔での問いに、臣郎は何故か高い笑い声を上げて答えた。
「がはははっ! 気になるか、やはりのぉ! がはははははっははははっ!!!」
「え? な、なに。どうしたの?」
臣郎の突然の奇怪な行動に、美玖は心底焦った。
何か、変なことでも聞いただろうか。
ただならぬ雰囲気と気迫に負け、美玖がおどおどしようとしていた。
臣郎は簡潔に、そして全く理解できない解答を返した。
「あかつき屋にはの、馬鹿共がおるんじゃよ」
「…………馬鹿?」
答えに今一つピンとこない美玖は、臣郎にそのまま言葉を返した。
「おお、そうじゃ。かなりの大馬鹿共じゃよ。絵戸屈指の馬鹿共じゃよ!」
「……その馬鹿がどうかしたの?」
「そいつらがこの二階におるんじゃ」
「いや何となくわかってたけど」
「バイトを紹介してほしいのじゃな? なら、着いてくるのじゃな」
――――この時、美玖がそれを拒否、もしくは最初から話などせずに予定通りバイト探しに出掛けていたとしたら。
彼女の家出生活は、三日ももたなかったに違いない。
――――まさしく、運命のようだった。