暁光の名のもとに
□不幸連鎖の仕事日和2
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「ふふ……、観念したらどう?」
祐真の目の前にてナイフを両手で玩ぶ女がじりじりと摺り足でにじり寄ってくる。
頭巾に隠れて見えない目元は微かに笑っているのは見間違いではあるまい。
その他信者達もナイフや警棒を手にクスクスと冷えた笑いを上げている。
「……そっくりそのまま、台詞をお返しするぞ」
瞬時、彼らは氷ったように固まった。
祐真によって投げ捨てられたそれは、紐に縛られていた布袋。
逃走中も決して捨てることのなかった棒の正体が明らかになる。
刀だ。
それを見た瞬間に状況は、反転した。
信者達が鼠を追う猫のように迫っていた小さな獲物が、武装をしていたのだ。
ナイフよりも数段も刃が長い刀を。
それに戸惑った彼らのほとんどは、本能的に身が締まり動きを確実に止めた。
……故に、好機。
「うるあぁあぁあぁぁぁ!!!」
「何の!!」
“実戦馴れ”をしているのか全く動揺していない男は臆することなく鉄パイプを振り下ろしてくる。
それを難なく巻き込むように上空へ弾き飛ばした祐真はその無謀な男を楽に斬り飛ばした。
「ふんっ」
小さく気合いの一声。
追撃する形で飛んだ男を踏みつけながら集団の中に一気に突っ込んでいった。
信者達の腕を斬ってはナイフを落とし、向かってくる者には容赦なく刀で迎え撃つ。
流石に大量殺戮などごめんなので腱などを斬って体勢を崩させ戦闘不能にしていった。
祐真の振り回す刀は滑らかな剣閃を描き、刀を振り切った直後に回し蹴りを数人に叩き込んでいく姿は剣舞を捧げているようだ。
しかし得物は刀ながら、まるで槍を扱っているかのような突きや回転などの動作が多かった。
不意に、美玖はどうなっているのかと余裕綽々に視線をずらす。
魔人の少女を挟んで反対側では美玖が傘を手に奮闘していた。
傘で脳天を打たれた相手は顔面から地に叩きつけられている。
その勢いで身軽に飛び上がった美玖は背後に控えていた敵に踵落としを決めた。
確か美玖のブーツは祐真達の物と同じ社による製品。
ならば、新素材の特殊合金の繊維が使われているはず。
今の者、確実に肩の骨が粉砕されたことだろう。
と、再び自分の戦いに没頭しようとした祐真の目の前で事件発生。
「わっ……きゃあぁぁぁぁあ!!!」
「動くな! 動くとこの娘の命はない!!!」
魔人の少女が信者の一人によって人質にされた模様。
直ちに現場へ急行し、女の子を人質に捕るという不届きな輩をぶっ飛ばす。
「うおっ!! く、く、来るな! 来たら娘にナイフを――」
「成敗――!!」
「ぎゃあぁぁあぁぁぁ!!」
無防備にも晒されたその背に刀で斬りつけ、尚且つ円を描きながら正面に回り込み顔面を殴りつけた。
刀を握った拳は少女の頭をすれすれ抜け、故に迅速で遠心力をプラスした一撃で男は遥か後方へ。
そしていつの間にかこちらへ向かってきていた美玖が少女を両腕で抱きしめ、持続する可能性のある奇襲に備えた。
「大丈夫?」
「う、……うん。それより二人共容赦ないね」
「悪党は徹底的に潰す。それがアカツキの絶対規則」
「そんなのあるの?」
「あるの」
中々気に入っている規則内容を改めて噛み締めながら祐真はうんうんと頷く。
よく覚えておきなさいと、美玖に然り気なく教えているのだ。
美玖はあはは……と、含み笑いを漏らして返す。
その時、ただでさえ五月蝿かった埠頭にけたたましい騒音が鳴り響く。
ゴムが地面を摺る音は車の急発進によるもの。
この音は……と、神予が慌ててキョロキョロ周囲を見渡した束の間。
倉庫群の間を危なっかしい運転で抜けてきた車がドリフト走行をしながら港へ躍り出た。
そして。
「退いた退いたぁ! 死にたいのかお前らぁぁ!!!」
……どんっ。
愚かにも立ち塞がった信者達数人を弾き飛ばし、絶妙な具合で祐真達の前で急停車した。
「乗って、早く!」
無惨にも割り破られた運転席のガラス窓から頼斗が満面の笑みの顔を出し、その奥の助手席で澪奈が呼び掛ける。
急な展開と先程の“事故”に呆気にとられる魔人の少女の手を取り迅速な対応で後部座席に乗せる祐真。
「……な、に……く。に、逃がすかぁ!!」
少女と同じく茫然と立ち尽くしていた神予は漸く事態の急変を飲み込み理解し、懐から取り出した回転式拳銃を適当に二発撃ち込む。
一発目の反動で二発目は狙いから外れ、車のライトを掠めただけに終わった。
一発目の銃弾は見事にも、その弾道が少女の頭部に向かっていた――――――のだが。
「せいやぁっ!」
元々弾道の途中にいた美玖が展開した得物の一本の傘。
開いたそれはまさしく美しく咲いた花弁のようで、また薄く脆い盾のようで。
……銃弾を軽く弾いた。
(な、な、……なにいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!??)
番傘にも似たその傘は、一体何でできているのだ。
どこかの超合金繊維でも使われているのか。
と、神予が呻いている内に車はまたもや急発進してあっさりと埠頭から去っていった。