読切版マジシャンズ・サークル
□ぷろろーぐ
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「いやいや、随分と暴れまわったね」
気付けば空は赤く染まり、カラスが優雅に飛んでいる。朱色の太陽が燃える、夕暮れ時だった。
遊んでいた子供の多くが家に帰り、公園には人気がなくなっている。
いやそもそも、彼らを家に帰らせたのは一人の少年だ。水飲み場に寄り掛かるその体は、傷だらけだった。
そして、少年に女性が話し掛けてきたのである。
「どうしてこんなところで座ってるの?」
「…………体、痛い」
呻くように重たく口を開いた少年は、服の袖を捲る。
生々しい擦り傷や打撲の痕、にじみ出る血を見て女性は悲しそうに目を細めた。
しかし、彼女はすぐに表情を笑顔にする。少年はもっと悲しいのだと、今自分がするべきことは少年を励ますことだと思った。
「ちっくしょー……! 全身痛ぇや、ズキズキするぅ!
あー、もう! あいつら全員で同時攻撃とか、正々堂々としろよな!」
女性の心配は、杞憂だったようだ。
年相応に元気良く声を上げる少年を見て、女性は笑顔のまま呆然。尚も少年はギャアギャアと悔しそうに喚いている。
落ち込んでいるどころか、ぷんぷんと怒りの蒸気を上げているではないか。まだまだ元気爆発といった感じだ。
女性はクスッと華やかに微笑んだ。
「あらあら、今日のカヅキは喧嘩に負けちゃったのかなー?」
「勝ったよー? 十人くらい皆逃げてった」
「……さすがね」
女性は笑顔のまま硬直するしかなかった。まあ、喧嘩両成敗とは言うがむこうの方が被害が多いのは容易に想像できた。
「あいつら女の子に砂掛けて遊んでたからさー、殴り飛ばしたの」
「へぇー」
「で、石投げてきたから“打ち返した”」
「……あれ? カヅキ、バッドか何か持ってたっけ?」
女性の問いに、少年は首を横に振って否定する。
「手でやった」
「手!?」
少年が差し出した右手はどう見ても軽い傷ではなかった。青く腫れてる部分も兼ね、しばらくは痕が残る。
飛んでくる石を殴って、叩いて弾く、そして返す。常軌を逸した荒業だ。
女性は額に手を当て、フーとため息を吐いた。呆れてものも言えない。
「女の子は無事?」
「うん。お礼を言って先に帰ったよ」
(どうせ、帰らせたの間違いでしょ……)
だが、女性は少年を叱らなかった。
確かに危ないことを子供が仕出かすを放ってはおけない。だが、その危険を踏まえて此度行動した少年を怒鳴ることはできなかった。
一人の少女のために十名の悪ガキと闘う。この歳で、なかなか根性のあることをする。
――――この時、女性は決心した。
「カヅキ」
「うん? なに?」
衣服に付いた土を払い落とし、少年はゆっくり立ち上がる。
その彼に女性が差し出したのは、――鮮やかな色合いを持った緑色のバンダナだった。
「これはね、私の大事な宝物。御守りなの」
「御守り……?」
「そう。これを、カヅキにあげるね」
きょとんとした顔で立ち尽くす少年の前に屈む。そして、右の二の腕に優しく結び付けた。
不思議そうに右腕のバンダナを眺める少年。その頭にポンと手を乗せ、女性は微笑んだ。
「カヅキの手はね、いつか誰かを守ってあげられるようになる」
「……? うん」
「その時までに、自分がなりたい自分になって。――ね」
わしゃわしゃと頭を撫でる手に、くすぐったそうに少年は目を細める。
女性は少年の傷だらけの手を、優しく、そっと握った。
「じゃあ、帰ろ。今日の夜はカレーだね」
「カレー……。そろそろ辛口が食べたい」
「まだ早い、甘口でね。……さて母の味ってのを見せちゃうよ!」
「ばばの味? って痛っ! 舌噛んだぁ……」
「――誰が、ババアって??」
「ち、違うよ。舌噛んだんだって! ちょっ、お母さん恐いって、顔笑ってない!!」
「カヅキ!!」
「うわあああ!! ごめんなさーーい!!」