読切版マジシャンズ・サークル


□夜は、笑う
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 最近街では、流行りに流行っているものがある。但しそれはファッションでも、メディアでもない。

 簡潔に言えば『噂』だ。園咲市内では、――『都市伝説』と呼ぶこともある。

 当然、それは根も葉もない噂話だ。だが、よくよく忘れてはいけない。


 園咲市の都市伝説。それは確かな情報はない。――逆に、否定する情報もありはしないのだ。


 噂話は、噂話にするほど信用度を失う。

 それは、ありはしないという人々の確信めいた“予想”が、噂の分だけ織り込まれるためだ。

 ――――予想とは、結局予想にしか過ぎない。

 仮定を結論に変えると、それを証明する“有無”によって事象はわかるのだ。

 真か。

 偽か。




 ――――噂は、まるで病原菌かウィルスのように、人の口によって蔓延していく。




 園咲市の中央区。そしてここはその中でも都会地区だった。

 建ち並ぶ高層ビルには色んな企業などのネオンが、彩りの灯りで夜の街を照らしていた。また、少し離れれば居酒屋などが隣り合わせの通りに出る。

 仕事帰りのサラリーマンや、夜の街が仕事場の男女が肌寒い薄着でフラフラと出歩いていた。

 道の端には酔っ払いが座り込み、光当たりが少ない視角ではチンピラじみた若者がたむろっている。


 「あ。……おいおい、聞いたかよ」

 「あ? 何をだよ」


 街頭が少し離れた間隔で並ぶ小さな通り。

 賑わった人ごみの中で、二十歳近い若者の二人が並んで歩いていた。こそこそと、耳と口を寄せ合って話すところがとても怪しい。


 「また、……“あった”んだってよ」

 「“あった”、……って?」

 「馬鹿、……《神隠し》だよ」

 「……げ、マジかよ」


 聞く側だった若者は、すぐに顔を青くした。こそこそ話していたはずなのに『《神隠し》』の一言には、声に力が篭っていた。


 「ああ、……どうやら今度は俺らに近い歳だってよ」

 「怖っ、……ちょっ、止めろその話」

 「例の《泥マント》だってこの周辺で出るし」

 「……だから止めろってよ」

 「あの《破壊者》ってのも、本当は人間じゃねーかもよ?」

 「それ冗談だろ? 《破壊者》ってのは人助け馬鹿なんだからよー」


 声色を低くして脅かすもう一人の若者に、聞く側の一人は耳を離して早歩きで置いていってしまった。

 最後のはあから様に冗談かと、謝って追い掛けるもう一人。


 余程置いてきぼりが嫌だったのか、はたして。

 自分の傍らスレスレを、“一人の少女”が歩き抜けたのに気づいたかどうか。


 花飾りの髪留めに、全身を“市民に溶け込む”服装で包んでいた。スカートにティーシャツ、ジャケット。

 夜の闇に溶け込むような身なりをしていた。

 遠ざかっていく若者二人に、少女は視線だけ向ける。そして大きな目を細め、ボソリと一言。


 「――――何も、知らないくせに」


 夜だからだろうか、服装からだろうか。少女の声が暗く、冷淡だったのに違和感がなかった。


 腰に下げたウエストポーチからケータイを取り出し、片手で無造作に開いた。映し出された待受画面に、日付や時刻が表示される。


 「……まだ、7時」


 行き交う人々の中で立ち止まり、空を見上げる。黒く染まった夜空には雲一つなく、黄金色の月と星々だけが爛々と輝いていた。


 その月を見てどこか悲しげに、しかし決意するように。冷たい声なのに、無理矢理表情を笑顔に変え。

 宣言、した。


 「……逃げ切ってみせる」
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