読切版マジシャンズ・サークル
□夜は、歪む
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「うん……?」
カヅキが“異常”に気づいたのは、風呂に入ろうとした時だった。
着ている長袖のティーシャツを脱ごうと、脱衣場の洗濯機の前まで行く。
そして服の裾を掴んだまさに、その瞬間――
何となくふと振り返れば、
「……あれ、テレビ消したのかな?」
先程まで聞こえていたミナミやヒナの笑い声が、忽然と“消えた”。
テレビの音声すら消えた廊下は、静寂が包み込んでいる。廊下の電灯はカヅキが先程消したのだから不思議でも何でもない。
でも“何か不自然な雰囲気”を感じ、胸騒ぎがする。これは“何かが起きた”と、警告が脳内で鳴り響き頭痛がした。
「………………」
脱衣場を出て、“真っ暗な廊下”を歩き電灯のスイッチを手触りで探す。
――そして出た瞬間、脱衣場の明かりも消えたのだった。
「は? じ、冗談じゃない……!」
見つけた電灯のスイッチを押す――つかない。
続けて押す、連打する――電気がつかない。
――……電気。そうだ。真っ暗な廊下は“異常”だ。
廊下はいつも、“リビングの明かり”で少しは明るいはずなのだ。
ジーンズのポケットからケータイを取りだし、開く。ケータイのディスプレイにいつもの待受画面が映し――――出された。
当たり前のことだが、ほっとする。
ケータイの明かりを頼りに、松明をかざすように廊下を歩くカヅキ。
やがてすぐに到達したリビングは、やはり真っ暗。
人のいる気配はするが、賑やかさはとてもじゃないがない。
「ひ、ヒナ……? ミナミ……、うん?」
二人の名を呼び掛けながら入室したところで、カヅキは何かを踏んだ。
絨毯から急に障害物が現れた? そんなバカな。
足で色々肌触りを確かめる。ゴム毬のようにむにむにしていて、弾力と張りのある柔らかい物体。
……布地、……みたい?
……スベスベのこれは、何だろ?
抱き枕か? いや、そんな物をこんなところに置いた覚えはない。こんな物体他に――
「…………、まさか?」
「んっ…………う、んっ……」
(寝息聞こえたぁぁぁぁあああ!!!)
一瞬、考えた意見を否定した途端にこれだ。答えはカヅキの予想通りだろう。
ケータイの明かりをかざせば、はたして――ミナミの安らかな寝顔が暗闇から現れた。目蓋は閉じられ、完全に熟睡中だ。
とりあえず――――、
「踏んで、ごめん」
両手を合わせて謝罪。彼女が起きたら謝ろう。――駄目だ、殺されるっ……!
忘れろ、今の全てを忘れろ!
(……さて、起こすか? いや待て、この分なら)
カヅキは足音を最小限まで抑え、ゆっくりミナミを跨いで越える。
カーテンの掛かった窓まで行く途中、ソファーでヒナも確認した。やはり、ヒナもすやすやと就寝中だ。
カーテンの前まで来たカヅキは、掴んでから一度息をつく。己に浮かんだ予想を、嘘であってくれと祈りながら。
しかし――
「……うわーお…………」
カーテンを薙ぐように開いたカヅキが目にした光景。窓から見える景色は、月明かりで紺色に見える住宅地。
――――その時、周辺の街から明かりが消えていた。