蒼天輝く
□呂
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『何か用か』
「――あ?」
『何をしている!』
ぴしり、といきなり木刀の通せんぼをくらった。
『ちょっと待てよ、』
短く放たれた声の主は、どうやら足元にしゃがみ込んでいるガキの様だった。
面倒事は御免だ。
頭をわしわしと掻いて、取り敢えず図々しい面を拝むまで黙っててやることにする。
目線だけで伺うと、そいつは片手で木刀を突き付けたまま、口と左手――横着にも足まで使って、誰がに手当てを施していた。
包帯を締める。
いっちょ上がり、とラーメン屋のオヤジみたいな事を言った。
何だこいつ。
剣先をこちらに当てたまま、身を返してすっくと立ち上がった。
ずっと動き回っていたのだろう、少し息が弾んでいる。
銀時は此処の噂を聞いた事があった。
とある戦場の廃屋で、治療や飯の世話をしてくれる所がある、と。
それだけなら良くある事だが、噂の要点はこうだった。
何の所以かは知らないが、十過ぎ―剣を取っても不思議無い年頃―、の主が仕切っている。
容姿端麗で気が利く、となかなかの評判だったが、実際に見た者の話は聞いた事が無い。
戦場に舞い降りた天の使いか、はたまた今際の幻か。
そんな諸々から付いたのだろう名は、戦場の切れ間。
こんな一面乱世に、安息などありはしない。
要は妄想まみれの気休め、そう思っていたのだが。
――あァ、こいつの事か。
ぼんやり思っていると、噂の奴は仏頂面で口を開いた。
『…すまないが、そこから先は入らないでもらいたい』
「廁、行きたいんだけど」
『2時間程待つか、もしくは外で』
かちん、と頭の中で何かの音がした。
「あーのーなァ、いきなり人に木刀突き付けて何?
目の前の廁スルーさせて野糞強要ですか、腐れ小僧――ぐほっ」
一歩踏み込まれて、鳩尾を一発突かれた。
噂なんて信用ならねぇ、尾鰭背鰭も良いとこだ。
にやり、と厭味ったらしい笑みを浮かべて、木刀を下ろした。
『黙れもじゃ天パ』
容姿端麗で気が利くだと?
腹の立つ、くそ面倒臭い奴だった。
凄むように間合いを詰めて、ねちねちと睨み合う。
「なかなか言ってくれるじゃねーかオィ」
『何、まさか気にしていたのか?
それはそれは申し訳ない事をした』
あらら、と眉を上げてみせる。
「頼むから失せろクソガキ、
もっかい言うぞー、そこをどけ。
さもないと此処でたれてやる」
『おーぅ上等だ、その愚行語り伝えてやるよ、
白い奴が茶色い――、』
意味有りげに言葉を切って、視線を外す。
襟を掴んでいた手を互いに離した。
嫌な物見つけちまった、
今日は厄日か?
「銀時…貴様と云う奴は…っ!!」
思いっ切り顔をしかめた説教魔のズラと、
今のガキと似た様な勘に障る笑い方をする、高杉。
「てめーら何時からいた!」
「高杉から聞いて来てみれば…
女部屋の覗きだと?見下げ果てた奴だな」
「ちょ、オィどういう意味?」
『そういう事だ。
覗きに間違われたくないなら、廁は使わない方が良いよ、白いお兄さん。
今度見つけたら、そのふわふわむしり取ってやるからな』
質の悪い、新手の集団嫌がらせ?
例の爽やかな笑顔のまま、ひらひらと手を振って、また有象無象の中に戻っていったが、
視線が移った瞬間、表情と云う物は色を薄くする。
ぴんと張った糸は、触れられるのを何よりも拒むかの様に。
「コラ待てって…!」
「白夜叉がガキ相手にてこずるたァ
ざまぁねェな」
「うっせえっ!」
「オィオィ、八つ当たりか?
…通りで女にもてねー訳だなァ」
「……っ!!」
銀時が鋭く睨んだ。
高杉は静かに見つめ返す。
口角を僅かに動かすと、紅い瞳が遠退いた。
――分かってんじゃねェか。
短く呟く。
銀時は唇を少し吊り上げて、胸ぐらを掴む手に力を込めた。
「ちょっと野糞付き合えや、高杉」
そこから先は早かった。
空気を思いっ切り吸い込むと、桂の制止も虚しく、訳の解らない雄叫びを上げながら、障子を突き破って外に転がり出る。
木が割れる派手な音が弾けて、
壊れそうな振動で小屋が震える。
それに負けない大きさで、小屋の主は声を張り上げた。
『何やっとんじゃぁぁぁっ!!』
空気を切る鋭い唸りを立てて、木刀が土煙に突き刺さっていった。
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