蒼天輝く

□伊
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急な作戦変更だった。

5日はかかると思われていた相手が、理由は知らないが空に引き上げていった。
替わりに、新手が場所を変えて現れた。
それを追っての進路変更。

まるでもぐら叩きだ。
限りのある浪士達に対し、天人は空から際限なく降り立つ。
斬っても斬っても切りがなかった。

空とは、此れほどまでに大きなものだったのか。


異国の傭兵族は強い。
しかし誰一人として諦めを口にする者は居らず、むしろ今日の己の戦いぶりを話して聞かせている程だ。

いくら大きな空とはいえ、同志達の誇りと器の大きさには適うまい、と思う。


―そして、失った代償にも。

今日は何時になく激しい戦いだった。

柱に寄り掛って息を吐いた。




「辛気臭ェ面してんなァ?
此処は通夜の席じゃねェぜ?」



「高杉…、貴様その酒はどうした?
相変わらず不謹慎な奴だな」




にやり、と笑って盃を煽った。
その様子に、桂は眉をしかめた。



「俺のじゃねェ、貰ったんだよ、あそこのガキに。
…傷の消毒用だとか言ってたが、酒には違いあるめェよ」



「鬼兵隊の者か?」



「冗談よせよ、あんななよっちい奴、

――オィ、兄ちゃん!」




珍しく大声で呼んだその先に、包帯やらを抱えた“あそこのガキ”が立っていた。
そいつは振り返りもせず、雑な返事だけが返ってくる。



『順番だ!後にしてくれるか』



そいつがそう言った瞬間、緊張が走った。
血の気の多い数人が柄に手をかけて立ち上がった。



「ガキィ、何方にそんな口を聞いてっか分かってんのか?」


「鬼兵隊隊長、高杉晋助様だ!
謝れ、小僧」




かちゃり、と次々に鍔鳴りが響く。
成行きを見ている者達は身を固くする。
鬼兵隊の忠誠心の強さは有名な話だった。




「おい高杉…!」


「黙って見てろ、ズラ」



そいつは、ゆっくりとこちらを振り返った。

――女?いや、男か…?
どちらにせよ見たことのない顔だった。


真っ直ぐこちらを見据えた瞳。
年は幾らか若いように見えた。



『申し訳ないが、暫く待って頂けるだろうか、隊長殿』



「き、貴様ぁ…!!」


「やめろ」




抜刀しかけた隊士達を制する。
その冷ややかさに、空気が凍る。
さやに収め、荒々しくばらばらと座った。

高杉の方を見やると、薄く唇を吊り上げてみせた。




「貴様、何がしたいのだ?
無駄な争いはせぬが身のためだ」



「硬ェ事言うなよ…だが面白ェ奴だろ?鬼兵隊の猛者共に睨まれて、これっぽっちも動じやしねェ。

随分と生意気なガキだ」




空になった盃をかん、と置いて立ち上がった。




「誰の配下でもねェ、こうやって訪れる奴等の世話してるそうだ。
クク…殊勝なこって」



そう言って外へ出る高杉を見送った。

戦場での世話人を今まで多く見てきたが、大抵は年寄りか女だった。


部屋に目を移すと、そいつはまた何事もなかったかの様に、手当てに戻っていた。

くるくると良く働く奴だ。
晒を巻き、気付いたらもう食事を配っている。

よくよく周りを窺うと、そいつの他にも幾人かまだ幼い子供も動き回っていた。
桂の目の前にも、何時の間にか握り飯と茶が並んでいた。

まだ温かい湯気が立っている。
熱のあるものを口にするのは、何日ぶりだろうか。
ふ、と思わず安らぐのを感じた。



「…確かに妙な奴、だな」



「天下の隊長殿のお目に留まった、か…」



命知らずの言動で、よく今まで此処に居れたものだ、と感心すらする。

縁の欠けた湯呑みに口をつけたとき、出ていったと思った高杉の声が降ってきた。
見上げると、愉快そうな笑みを浮かべていた。
こいつがこんな風に笑っている時は、ろくな事がない。



「ズラぁ、来てみろよ。
面白ェ事になってるぜ?」




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