蒼天輝く

□呂
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『――失礼』


軽く詫びを言って、何事も無かったかの様に腰を下ろした。



「ありゃぁ…」



目の前から素っ頓狂な声が上がる。



「ありゃありゃまー」



ちらと伺うと、目を真ん丸にした、男。
2、3度口をひくつかせると、次の瞬間に豪快に笑いだした。



「アッハッハッハッ!やりよるのー、兄ちゃん!
大したもんじゃ!」



その男の周りの空気が弛むのを感じた。
目を丸くしたいのはこっちの方だ。



「しっかしほんに仲がえぇのー、あいつらは」


『ご友人、か?』



「そうじゃ!」



即答だった。
にかっ、と歯を見せて笑う。
包帯を巻く手がふ、と止まれば、「こうか?」と言って足を掲げた。



『珍しいな、』


『あそこまで傷が浅いとは。
よくもまぁ あんなに動ける事だ』



そう言った顔は、僅かに微笑んでいる気がした。
きゅっ、と唇を結んだ、若い横顔。

破壊された出口の方を見やる。





「――わしは坂本っちゅー者じゃ。

んで小柄なんが、鬼兵隊隊長 高杉 晋助、
あの長髪は、狂乱の貴公子 桂 小太郎。

――それと白いのが、坂田 銀時…白夜叉と呼ばれちょるがの」



『武神四人が、此処に…?
それはそれは』



「アッハッハッハッ!そんな驚いちゃるな!
そうは見えんじゃろ?」



坂本の顔を見上げると、優しげな瞳と交わった。
可笑しそうに言葉を繋げていく。



「あん2人は何かとあぁやって戯れあっちょる。
桂が止めるんも聞かんとなぁ。
しかも、やたらと人の事を黒モジャだの、頭空だのけなしよるし…

大層な二つ名がついとっても、ほんに相変わらずの奴等じゃ」



そう言って、ふわりと眼を細めた。


この種の雰囲気には慣れない。
第一何て答えればいいのか判らないし、こそばゆいけれど、緊張を解く事は出来なかった。

隙を見せれば、死。

己よりずっと大きな存在を前にすると、そのまま寄り掛ってしまいそうだった。

だが此処は戦場なのだ。
そんな事は、許されない。

気付けば弛んでいた口元を押さえて、目を逸らした。





坂本は空が好きだ、と言った。

空なら私も好きだ。

真っ新で、凛々しくて、カーンと冴え渡った美しさは、気高く潔い。

――澄んだ、あの蒼には圧倒されるだろう?


そう言ったら、また笑われた。
坂本が言っていたのは、宇宙の事だったらしい。

大真面目に答えてしまったじゃないか、馬鹿野郎。

悔しくて、予告なく消毒を始めると、染みる焼酎に訳の解らない叫び声を上げた。


「全く、手厳しいのぉー」


『頭が空だと言った奴の気持ちが分かるわ』



もしかしたら、今日ずっと感じていた違和感の原因は彼だったのだろうか。
空っぽで、何物をも受け容れる様な、そんな包容力。


開戦以来の高い士気は、各々の眼の湛える光は、修羅よ神よと唄われる4人所以なのかも知れない。


暫らく続いていた閑かな声が、気付けば途切れていた。
妙に思って伺うと、もうこちらを見てはいなかった。

何処か遠くを臨む眼差しは、まだ騒がしい外を穏やかに見つめていた。




――皆、ちゃんと人間じゃけんの


少しの真剣味を含んで呟かれた言葉は、鮮やかな色を持って、胸の中に落ちていった。




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