蒼天輝く
□波
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ねぇ、あのさ。
「つめてぇの」
銀髪の奴は、口を尖らせて呟いた。
酒の入った甘ったれた表情に、彼女は努めて愛想の無い声を出そうとした。疎ましい、そんな色が滲み出れば良い。
小さな呑み屋台に最悪の幼なじみを名乗る二人と連れ立って訪れたのが、小一時間程前だったか。
散々喧嘩して、二度とてめぇとは呑まねぇ、金輪際誘ってくれるな、と主人としてはあまり喜ばしくない言葉を吐いて去ったのがついさっき。
彼女は半ば呆れた様に笑って、お代を受け取った。勿論酔った彼の分は無い。
台を挟んだ客と主人。商売上致し方ない沈黙に息を詰める、そんな自分に苛ついた。
あらかさまな溜息を吐いて店を閉めるよと告げれば、さして気にせず肘をついてお猪口を煽った。冒頭に戻る。笑ってやれ。
「当たり前よ、銀さんのせいでお客さん減ったんだもん」
「あいつらがいたら客なんざ来ねえだろ、讃えろよ俺を」
「何で一番面倒なのが残ったかな!晋助さんなら良かったのに」
「なんで」
「金払いが良いから」
「あーあー女は所詮カネですかチキショー」
此れっきりだからと強請った徳利の最後の一滴を舌で捕えて、彼は残念そうに眉を下げた。
彼女は再び早々のお開きを求める。
下らない話題を振り続けることで、何を求めているのか。
裸電球の明かりの中で、名前のつかない何かに意地で抗っていた。
「仲が良いんだかね「良くねぇよ」」
「喧嘩する程何とやらってのは?」
「別れそうなカップルの言い訳だ。もしくはジジイの寝言」
心底都合の良い解釈は昔から嫌いでは無かった。くすりと笑ってしまう程ガキ臭い、白い酔っぱらいは何時も通りに。
「あーあ、なんか俺悲しくなってきた。もう帰るわ。帰って苺牛乳飲んで寝る。そうだそうしよう」
「ああ帰った帰った。あ、お代」
また淫猥な言葉を吐いて飲み逃げするかと思ったら、懐から財布を取り出すものだから驚いた。
声は震えていないだろうか。
勿体ぶってお札をひらひらと振って、彼女の手のひらに置いた。
「そんな顔するこたァねーだろ、」
「明日は雪だね」
「ね、今度は三人で最後までおいでよ」
「店潰さねェようにな、ねーさんそしたらまた…」
「姐さんは一気に老けたみたいで嫌」
「葵ちゃんって呼んで欲しいのか?やっべ自分で言って寒気してきたわ」
しんとして明かりも疎らな町に、気の抜けた男の声は良く通った。
「あのさ、」
紡ぐ言葉は。
「気い付けてね」
「…おう」
戦に行くのね?
知ってたんだから、私。一言くらい言ってくれても良いじゃないの。
一人で粋がって格好付けて、全部黙って背負い込んで馬鹿じゃないの。
私あなたのそういう所が嫌い。
胸が刺されるように痛んだ。
縋って綺麗に泣いて、可愛らしく離別を惜しむなんて私には出来たもんじゃない。
どうすれば良いか分からないから、年上の姉御みたいに笑ってやった。
気丈に、挑発的に、かつ扇情的に。
血濡れて頬を地面に着けた時、思い出して、そんでもってあいつも笑えば良い。
ねぇ、銀時。
「よォ、」
「潰れたかと思ったぜ」
「店主だ、美人だと、持つ、の」
「ゴキブリはしぶといの間違いだろ」
「で?何なのよ、また無銭だったら承知しないからね」
「なに、心配すんなや」
「てめェのツラ拝みにきただけさ」
「だから、」
「笑ってろ」
some,again
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