うっすらと目をあけると、カーテンの隙間からこぼれる陽で部屋はやわらかく明るんでいた。 ぼんやりとまだ眠気のまとわりつく頭を枕に沈めると、ツナは休日の眠りを貪るべくまだ怠い体を窓とは逆に返そうと身じろぐ。 だが、その体が動く事はなかった。 モーニングショコラ 「…っ…」 何が原因かすぐ見当がついたが、やっぱり体が動かないのは癪で、やっと少しだけ体を起こして首だけを背後へと向ける。 視線の先には朝の眠りの中幸せそうに夢の中をまどろむ青年。 銀の髪は太陽の光を吸い込んでキラキラと輝き、白く透きとおった肌は、光の中剥き卵のような艶やかさをしていた。 柔らかそうな頬にまだ幼さを残していたが、端正な顔には精悍さを伺わせている。 薄く開いた形の良い唇からは、すぅすぅと可愛らしい寝息を立てていたが、心無しか色気が漂うかのようで。 それに充てられたように、先ほどまで体をまとわりついていた眠気がすっと覚めていく。 見開いた目を、吐き出す息のリズムにのせて閉じ、観念する。 君には叶わない、と。 ため息をつくツナの腰には、ガッチリとまわされた腕。 いつ何時目が覚めたたとしても、同じ格好でいた事過去数百回。 もうなれっこだったが、同じ男としてこの力の差はどうよ、と、またため息をつく。 幼い思いが通じて、ぎこちなくもずっと二人で一緒にいて。 獄寺が笑えばツナも嬉しくて、同じように獄寺も大好きな人の嬉しそうな姿が何よりも大事だった。 いくつもの季節をふたりは過ごしてきたれど、ひとつとして同じ色だった事はない。 それでも変わらずにそこにあるものがひとつだけあった。 お互いを想い合う気持ちが。 「…ん、ぅ…」 ふわぁ、と欠伸をしながら獄寺が目を覚ます。 すでに光に包まれる部屋をまぶしそうに眺めると、自分に捕われたままの蜂蜜色のあたたかな存在を確認する。刹那、ふわっと顔を緩めた。 「…おはようございます、十代目。もうお目覚めなんですね。」 「て、分かるのかよ…。」 間髪入れずにつっこむと、当然ですよと嬉しそうに声が弾む。腕に抱えたふわふわとしたツナの髪にそっと頬ずりをして、獄寺は幸せを享受する。 一方のツナといえば、背中を向けているはずなのに何故起きているのがわかったのか、と腑に落ちないとばかりに顔をしかめる。 「だって、体温が高くなるんですよ。起きている十代目は。」 「…こら。」 「あ…すみません…」 寝起きで気が緩んでしまった獄寺の口からこぼれた言葉にツナが反応する。 すねたように唇をまげると、これ見よがしにため息をつく。 「俺の名前は?」 「つ、つなよし…さん…」 「そう。」 よくできました、とばかりに回された腕を両手で包んでぎゅっと力をこめる。 いつもはしょうがないと見逃してはいても、今日だけは徹底的にそう呼ばせる気でいた。 「獄寺くん、今日はどこに出かけよう?そういえば、何か欲しいものないの?」 この日のためにバイトしてお金を積み立ててきたのだ。好きなものを食べて、ちょっとしたものを贈るくらい訳はない。 「…んー。つなよしさん、が欲しいです。」 「うん、はいはい。で?」 想像どおりの返答に、もはや動じる気配もない。 何年も日本にいるというのに、育った環境というものの存在は大きく、簡単に人を変える事はないようだ。 そういところはイタリア人だよな、とツナは思う。 「えー…なんか、つなよしさん、可愛くない…です…」 俺が可愛かったら世の中の女性はどうなるんだ、と心の中だけで独りごちて、諦めるようにふと笑む。 それでも嬉しい、と思ってしまうあたり俺も重症だな。 「じゃぁ、とりあえず今日一日は獄寺くんの好きなスケジュールでいいからね。」 「それって!今日一日は俺のもの、ってことですか!?」 また恥ずかしい事を…と思いながら顔に血が上るのを感じる。背中を向けているのだ、何を言っても顔を見られる事はない。 「きょ、今日一日じゃなくて、いつも君の、だろ。」 背中越しに獄寺が息を呑むのが分かる。 きっと、君につられただけなんだ。だって、恥ずかしい事ばっかり言うから。 だから。 言い訳をするように心の中で復唱する。獄寺くんのせいだ、獄寺くんのせいだから、と。 「…っ、つなよし、さん、今日は一日寝かさないですからね」 不穏な言葉を耳元で囁かれ、腕に力を込められればもう。 もちろん覚悟はできている。 君と気持ちをつなぎ合わせたその時から。 「あー、まだ朝なのに何かおかしな幻聴が聞こえる…」 赤くなっているであろう耳をふさいで、いやいやをするように顔を枕にこすりつける。 まだ今日は始まったばかり。 2月14日、日曜の朝の風景。 おわり |