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□サクライロ
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まどろむ陽気。

春の訪れをささやくような暖かな日。
やっと晴れたその日の空は真っ青で、ほんわか輝く太陽に導かれるように、思わず教室をぬけだしてしまった。


学校の校舎で一番空に近い場所、そこにいってみれば先ほどの休み時間から姿を消してしまった彼の姿を見つける。

ごろんと横になった獄寺の姿を。












サクライロ
















そっと屋上のドアを開けると、ツナは思わず苦笑した。
コンクリートの床の上に、体を投げ出して眠る獄寺をみて。
いきなり姿がみえなくなったから、心配で1時間イライラしていた。
多分サボりなんだろうな、と思いながらも。

なのに、これ…

くすり、と笑ってしまう。
よくこんなところで眠れるなぁ、とある意味関心しながら。
でも、仕方ないかもしれない。
この気持ちのよい春の陽気に誘われてしまえば、日だまりの中まどろみたいという衝動に勝つのは至難の技だと思うから。



足音をたてないようにすぐ近くまで近寄ると、彼の上に自分の影が落ちないよう気をつけながら、獄寺の顔をのぞきこむ。

うっすら開いた唇からこぼれる息と、規則正しく上下する胸のリズムは眠っている人特有もので、そんな獄寺の様子にツナはまた小さく笑ってしまう。


いつも眉根にしわを寄せツナの周りを威嚇して、ツナと話すときは蕩ける笑顔。


でも今、目の前ですやすやと眠る獄寺はそのどちらとも違っていて。
年相応に幼くて、あどけない。
いつもこんな無防備な顔でもいいのに、と思う反面、その表情も独占したい、と相反する気持ちがわきあがる。



いつの間にこんなに、獄寺くんのこと好きになってたんだろう。



こっそり頬を染めて、恥ずかしさを振り払うようにぷるぷると頭を振ると、音を立てないようにそっと腰を下ろす。

太陽の日差しを受けたコンクリートの床は心地良い温度で、これは眠りをさそうなぁ、しょうがないよなぁと、心の中だけでつぶやいて、空を仰ぎみる。


太陽がぽかんと浮かび、のんびりと白い雲が青空をよこぎってゆく。
ふりそそぐやわらかな光に、ツナは思わずそっと目を閉じた。







「……つな…」






勢いよく目を見開く。

思いがけず耳に届いたその言葉は信じられないもので、でもその声を間違えるはずも無くて。どんな小さな声でも間違えるわけがなくて。
それは、大好きな人のもので。


振り返る勇気がなくて、ごくりと喉が鳴る。
そうしている間にもみるみる顔に体中の血液が集まってきて、バクバクと心臓は高鳴るばかり。

意を決してそぉっと、その声の方を振り返りみれば。





むにゃむにゃとまだ眠ったままの獄寺。

幸せそうに、すやすやと。





「…っ、ねご…と…?」


あまりの衝撃に頭がくらくらとする。
うまく息ができなくて、止めたり大きくすったり、また吐いたり。
体から飛び出しそうな鼓動を押さえながらも、獄寺の意識がないのを確認して体が一気に重くなった。いつの間にか緊張していたらしく、疲労感が体全体を包む。


ただ、名前を呼ばれただけなのに……



でもだって、不意打ちだったから。
そして寝言だったとしても、嬉しくて。
さめること無く顔は火照っていて、嬉しさと気恥ずかしさから逃げるように膝に顔を埋める。
どうしても、緩んでしまう顔を隠したくて仕方なくて。

何の変哲もない自分の名前。それを大好きな人が呼ぶだけで、とくべつな言葉になってしまう。





小さく、彼の名前を口にしてみる。





それだけで幸せな気持ちになって、胸がいっぱいになって、心まであったかくなって。
ツナは幸せな笑みを顔いっぱいに咲かせたまま、ゆっくりと目を閉じた。


だから気づかなかった。


ツナに負けないくらい顔を桜色に染め、翠色の瞳をいっぱいに見開いて固まっている獄寺に。
そして同じように、いつの間にか幸せそうな笑みを浮かべていることに。







ふわぁっと風が流れる。

暖かな陽気を運ぶようにそっと。
頬を撫でる風があたたかくて、運ぶそれはサクライロ。
ふりそそぐ暖かな光は、やんわりふたりを包み込んだ。









優しく、抱きしめるように。












おわり

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