明るいあの子に恋をした

□日常
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朝。

弟達の声に文句を言いつつ起床し、朝食を済ませ登校。
欠伸交じりに歩いてれば途中から何食わぬ顔で仁王が隣に居る。もう少しした時に赤也が後ろから俺達を呼びながらやってくる。

     ・・
「あいつ」はもう居ない。



朝練。

近くにあるダンボールに少々びびりながらも、真田にどやされないように未だ眠い身体を動かす。次第に調子が乗ってきて、俺の一日のコンディションがそこで決まる。うし、今日も絶好調だぜ!

        ・・
林からの「視線」はもう、、、、、ない。




授業中。

ある意味授業中だけが心安らげる瞬間だ。クラス内のファンに貰った大量のお菓子を前につい顔が綻んでしまう。

「こら丸井!!授業中に菓子を広げるな!」
「へへっすんませーん!」

そうそう。そんで先生に怒られるんだよ。

ああ、これが俺の日常なんだよな。



ここに「あいつ」は居ない。確実にだ。




俺は授業中なのにも関わらず、満面の笑みで久方ぶりの解放感と「日常」の味を噛み締めてた。

―――そんな俺を仁王が哀れな目で、今にも「プリッ」とか言いそうな顔で見てた。畜生お前のせいで思い出さなくてもいいこと思い出しちまったじゃねーか。





昼。

屋上でレギュラー陣が昼飯を共にする。
ここもここで心安らげるのだが、如何せん外に出ている事が引っかかり気を緩められない。

俺がちょくちょくキョロキョロと周りを見ているのに気付いたのか、赤也が申し訳無さそうに聞いてくる。



「先輩、、、また芥川っすか?」



目を逸らしながら問う赤也の表情は暗い。
ったく、試合だと手ェつけられなくなるくせに普通の時は可愛い後輩なんだよなぁこいつ。――あいつもこんくらい可愛ければいいのに。


、、、、、、、、だーもう!!
なんであいつの事が出てくるんだ!!


「、、、、、いや。大丈夫だ。しばらくは近付くなっつっといたし」
「うわ。ブンちゃん冷たい。ブリザード丸井じゃの」
「るっせーよ!!あ、あんなん四六時中居たら集中できねぇって!な?幸村君よ!」


他でもない魔王様なら!
俺の意見にはもちろん賛成だろぃ!?

だって、、、、全国大会前に余計な悩みは要らないんだから。
俺達は常勝立海だ。勝たなきゃ、勝てる姿勢で行かないと。


幸村君は突然の俺の質問にも慌てず、考えるように卵焼きを頬張った。余裕過ぎるだろぃ。俺だけバタバタして馬鹿みたいに思えるくらい、幸村君の姿は堂々としていた。さすが神の子だ。

隣の真田が眉間に皺寄せてるのとか、ノートを取り出し始めた柳はこの際無視だ無視。


「ねぇ。それ、本当に正しい事だったの?

丸井の事だから『大会前に邪魔になる要素はいらない』とかそんな理由勝手に付けて、芥川さんに『自分のテニスが好きなのか、自分が好きなのか』聞けなかった事誤魔化してるようにしか聞こえないんだけど」


自分で言っといて詰まる。今更だがあんな事言っておいて勝手に愚痴ってる自分が情けなかった。
わかってるよ幸村君。

他人に気付かれるくらいだ。
自分でもわかってるんだ。








――――――――


つい先週のことだったか。

「会いに来るな」と言っておきながら、芥川ユーリと部活以外の時間に事あるごとに出くわしてしまい――気まずさを覚えながらも、偶然会ってしまったのだからとやかく言う訳にも行かず(言える義理もない)、あの時は自分も子供みたいに意地張って言い過ぎた事を謝罪した。


そして――

「部活の応援は構わないからそれ以外では俺に会っても静かにしろ。部活後もだ。それが無理なら会いに来るな」


と言ったのだ。

いくら毎度煩いと思ってる相手でも俺を慕ってくれる後輩だ。この間の事もあり既に罪悪感に押しつぶされそうだった俺だが、ファンの事もあり――やっぱりしばらくは距離を置いてもらう事にした。

でも傷付くとわかっていても、こっちだって全国大会があるんだ。今この時期に集中力を欠くような要素を放っておきたくない。

自分がどれだけ失礼なことを言ってるのか理解していた。
相手がこれを聞いていい思いをしないのも理解していた。


何より本当の事を言い出せない自分を情けなく思った。


(俺は悔しいだけ。

あんなに嫌だ嫌だと言っていた相手に、其処まで思われていなかったかもしれないと考えて――悔しく思った。
正直言って俺もまんざらでもなかったから。余計に、、、。

でも本当かどうかもわからない事に勝手に悩まされて、それをお前のせいだと決め付けた。


それは、間違いなく俺が全部悪い)


こんな事言って――
いつもニコニコ笑顔なあいつも、、、傷付いた顔を見せたりすんのかな。


だけど―――俺は負けるわけにはいかねぇから。







「そうっすね!丸井先輩が部活に集中出来なくなったら大変ですから!」

「お、おう。そういう事だから、悪いな」

「滅相もなE!私が迷惑ならもっとちゃんと言ってくれればよかったのに!」

「え、それは毎日言ってたつもりだけど?」

「仁王先輩が照れ隠しだって言ってたから!」

「お前はペテンにすぐかかりやがってぇぇぇええ」





相手が傷付く顔を見せるだろう、なんて杞憂に終わった訳だが。






























「ブンちゃん。今更喚くなんて、やっぱ実は本気で気にかけとったんか?」

「は!?ちげーし!」

「けどブン太、、、お前芥川が来なくなってから、前より調子落ちた気がするぜ?」

「な、なんっ、、、ジャッカルまで!!そんな訳っ」


(あんな思いしてまで、あんな思いさせてまで『日常』を取り戻したのに!
これ以上何をすれば俺はもとに戻るんだよ、、、っ)


「確かに。気にしなくてもいいのに芥川捜してたりしますよね?一応、あいつ丸井先輩の言う事聞いて大人しくしてますよ?」

「うぅっ、、、、」

「放課後はクラスから人が居なくなる辺りまで寝てっけど、そのまま直帰してるみたいッス」

「え、あいつ放課後寝てんの!?残る必要もないのに早く帰らないとあぶねーだろぃ!」


「(、、、今丸井先輩芥川の心配しましたよね)」
「(ナチュラルにしおったのぅ)」


「やはり気になるんですか?
丸井君。気になってしょうがないことはあまり放っておかない方がいいですよ」


「いや、別に、、、、、、あー!そう!!
部活後のアイスが無くなって寂しくなっただけだって!!絶対!」

「ほぅ。お前は健気に毎日通い妻の如く慕ってくれていた奴を、ただの差し入れ程度に考えていたわけか(カキカキ」
「柳ぃぃぃぃぃい頼むからそんな描写で俺のデータに追加させないでくれえええ!!!」


俺超悪い奴じゃん!!いや悪い奴なんだろうけど!!、、、、いや、まぁそりゃアイスがないのは寂しいけどよ。寂しかったけども!!でもそれ以前の問題だろぃ!?

俺は練習に!大会まで集中するんじゃないのかよ!



「失ってから気付いた、、、彼女の大切さ、か」

またそれかよ仁王うっぜぇぇぇえええええ


何その哀愁漂う顔!?ムカつくんだけど!すっげぇムカつくんだけど!!



「、、、、俺は、自分が本当にどうしたいのかをきちんとはっきりさせた方がいいと思うな。

だってお前のことだし本当に言いたいこと一つも言えてないんだろ?」


騒いでいた空間が、幸村君の一言によって一瞬にして静かになった。
からかっていた仁王も、あわあわしてた赤也も。皆幸村君を見てた。

幸村君は弁当箱を片しながら淡々と続けた。


「確かに最近のブン太は少し調子が落ちてたと思う。
本人が気付かない程の些細なものだったけれど、、、、全国大会を前にどんな些細も、僕らは見逃せないんだ」













―――あ、やばい。





本能でそう感じた。こういうときの幸村君、こえぇんだよな。


俺を真っ直ぐ見つめて言葉を紡ぐ幸村君。

目が、据わってる。

これは――真田よりも、、、やばい。
来る。絶対来る。


裏拳なんかよりももっとグサッと来る、一言を。


「だから――言いたいことは言った方がいいし、やりたい事があるなら早めに片付けてくれないかな。さっさと悩みごっこはやめて、さ。

丸井。俺の言いたいこと、わかるよね?

自分が突き放しといて今更愚痴られるなんて――――はっきり言って迷惑だよ。



中途半端な選手は要らないから」




幸村君は特に責めるような言い方ではなく、ただ淡々と――興味すらなさそうな声音で言うと、先に行くねと屋上を後にした。


「、、、、、、、、、、。」


残った俺達にあるのは気まずすぎる空気。

あの幸村君が直々に言ってくるとは思わなかった。それ故に心に突き刺さった言葉が、深く深く今でも抉り込んでくる。いてぇ。超いたい。



赤也と柳生が心配そうな顔で俺を見てる。
柳と仁王が無表情で俺を見てる。
真田は一言「たわけ!」といった。うるせぇわかってらぁ。








―――なんか、やっと取り戻せた普通の日常なのに、、、全然普通じゃねぇ。

無いはずの視線にビクビクして、でもどこ探しても居なくて。
部活後のあのキラキラした笑顔も、煩いくらいに明るい声も無い。

俺を見て、俺を応援してくれる奴が居ない。



当たり前だ。





全部俺が突き放したからだ。



「、、、、、、、、、、、、、、、、、ちくしょ、」




情けないのを十分承知していながらも、俺はムシャクシャした気持ちを外に出せる状態ではなかった。








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