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□空色のあいつ
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冷たく、強く 風が吹く。

イタリアの秋は 風景こそ違うものの、寂しくなったり虚しくなったりすのは同じらしい。
早くも冬めいた秋風が、コートをすり抜けて肌にあたって 鳥肌がたつ。
空は 青空を隠そうとするかのような曇天で、それが余計に孤独を思わせた。

こんな時こそ、あいつが居てくれればいいのに。

約10年も前のことを思って 少し悲しくなった。
未だあの頃の 自分とは違う体温が重なっていた左手を、そっとポケットのなかで握り締めた。
少しだけ、暖かかった。


思えば、俺の初恋は この世界で一番切なく、異常なものだったに違いない。


あれは俺が、並盛中に入学した 春のこと。その日は桜が満開で、澄みきった青空が綺麗だった。
入学式のその放課後に、友達とこっそり残ってグランドで野球をしていた時。
俺がうっかりファールを打った。それも大フライで、ボールは後ろの校舎のほうへと飛んでいった。

「やべっ」

慌ててボールを追いかけると、ボールは見事に屋上へ落ちた。
内心ホっとするも、うかうかはしていられない。
一気に3階まで階段を上がり、勢い良く屋上への扉をあけた。
するとある筈の場所にボールがない。
風にでも飛ばされて、下へ落ちたのか?

「...ねぇ」

ふいに後ろから声をかけられて、多少びくっとしたものの 平然を装い後ろを振り返る。
そこには、この学校の制服ではない学ランを着た少年が立っていた。
着る、といっても 上着は肩にかけてあって、ちゃんと着ているのはシャツとズボンだけ。
肩にかけた上着の左肩部分には「風紀委員」という腕章がついていた。
その少年は俺よりも背が低く、ふわりと青空に浮いているようにも思えて 何処か大人びていた。

「これ、君のでしょ」
「あ、はい ありがとうございます」
「もう下校時間なんだけど。早く帰ってくれる?」
「あぁ...すいません、今帰るんで」

それじゃぁ、と言って礼をし 走って帰った。
グランドには誰も居なくて、皆帰ったのだと察した。

その日は一人で帰った。そういう気分だったし、帰る相手もなかったから。
帰りながらボーっとあの少年のことばかりを考えた。
誰なんだろう、とか 背が低いわりにはやけに大人びてたな、とか声が綺麗だったな、とか。
最終的には 俺、あの人のこと好きなのか?という自問になって、けれど俺から答えは返ってこなかった。

次の日、またあの屋上に行った。その日は休みで、誰も居ない筈なのに。
どうせ居ないだろう、と知りながら 何故か期待に胸を弾ませ、扉を開けた。
そこには、誰も居なかった。やっぱりな、と多少がっかりして 帰ろうとした。
その時。

「なにやってるの」

斜め上辺りから声が降ってきた。あの声だ。
声のあるほうを見ると、あの学ランの少年が給水棟の上に座って居た。

「今日は休みだよ。なんで来てるの」
「あ、えっと...忘れ物を取りに」
「屋上なんかに君の教室はあるの?」

くすり、と可笑しそうに笑った。
やっぱりませた仕草で、俺は胸がどきりとした。

「ないですけど...」
「じゃぁ何の用」
「あの...先輩の名前って」
「...?」
「名前、なんていうんですか」
「...そんなの聞いてどうするの」
「いや、別に...何も」

顔が熱くなって、思わず俯いた。
やっぱりこれ、好きってことなんじゃないか。

「...雲雀恭弥」
「え?」
「2回も言わせないでくれる。雲雀恭弥だよ」
「ありがとうございます」
「一応、君の名前も聞いておくよ。新入生の名前はまだ覚えてないし」
「山本武っていいます」
「そう。ふうん...」

そのヒバリ、は 赤い顔で俯く俺を 足先から頭の頂上まで眺めた。

「まぁ、いいよ。今日はもう帰って。また明日ここに来てよ」

そう言って、ヒバリは屋上から出ていった。

それから、毎日屋上へ通うようになった。
ヒバリは随分と素っ気無く、あっさりとしていて 何かあったらすぐトンファーで俺を殴った。
痛かったが、俺が悪いのだし 笑って済ませた。
先輩、はやめてくれと言われ ヒバリ、と呼んだら「まぁいいか」と許可がでた。
そしてヒバリの弁当を作るようになり、授業中でも呼び出され 雑用を押しつけられるようにもなった。
皆 そんなヒバリは有り得ないという。俺、気に入られてんのかな。

2年の春、その日は入学式の日のような鮮やかな青の晴れで 桜は散り始めていた。
その日俺はいつもの屋上で ヒバリに「好き」だと言った。返事代わりのキスが俺の額に落ちたのを覚えている。
その時の空は 俺達と屋上を包みこむようで、高く遠く何処までも 綺麗な青だった。

中学校生活の3年間を思うと、一番最初に思い出すのはヒバリのことで 思えばヒバリと居る時はいつも晴れていた。
雨の日でもヒバリに会うと、ラムネ色の綺麗な青空が見えたように思えた。
だから、ヒバリと居る時はいつも 空の青に包まれていた。

そのヒバリと別れたのは、卒業式の日のこと。
別れるというより、消えた。見えなくなった。

「僕が人間じゃない、って分かってるよね」
「うん」
「僕が学校の敷地内から出られないのも」
「うん」
「僕が何者か、っていうのは聞かないのかい?」
「気になるけど、聞いたところで話してくれんの?」
「そこまでひねくれてないよ。...僕は、並中の座敷ワラシなんだ」
「...」
「ずっとずっとここに居て、並盛の繁栄を祈ってきた。ずっと、独りで。
 人には僕が見えない筈だから、君に会えた時は驚いたよ。...稀に見える子供がいるとは聞いていたけど。
 それでも、皆 大人になれば僕が見えなくなる。そして忘れていくんだ」
「俺は忘れない」
「何を根拠に言ってるの」
「ヒバリが好きだから」
「...勝手に言ってなよ」

風が強くふいて、桜が空の青を通りすぎた。悲しいくらいに綺麗だった。

「またいつか、会えたら」

そう 残してヒバリは空の青に消えた。
青は風に揺れることなく 澄みきって、俺を蒼く染めた。
涙が空の青に見えて、余計に悲しく思えた。

その日も 空は晴れていて、綺麗な青空だった。



こんなことを思うと、ヒバリが居てくれそうな気がして切なくなる。
でももう24。泣きはしない。

空の忌々しい曇天をじっと見据えて ヒバリが居てくれたらと、強く思った。

その時。
強く風が吹いて 横を桜の花びらが通りすぎていった。
驚いて花びらの行方を目で追う。その先に...
ヒバリは、居た。

幻覚かと瞼を擦る。もう1度目を開けてもそこを見ると
やっぱり、居た。
あの時のままで。

「ねぇ、ちょっと」

あの声で。

「聞いてる?」

トンファーの一撃。
痛い。

「っはは!ははははっ」
「何笑ってるの。気持ち悪い」
「いや。やっぱヒバリだな、って」
「なにそれ」

腕を組み、仁王立ちで眉を寄せるヒバリは 本当にあの頃のままだった。
すると 頑固に空を隠していた雲は千切れ、オーシャンブルーの青空が見えた。
丁度 俺とヒバリが出会った日のような、純粋な青の空。

「ヒバリ」
「なに」
「好きだぜ」
「あぁ。」

その答えと同時に ヒバリの唇が俺の頬に触れた。



俺達が一緒に居れる限り、この空は何処までも青なんだと思う。

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