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□白衣の狂人
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ピリリリリリリ...


1ヶ月も開かなかったドアが、開いた。





部屋の外へ出ると、太陽の光に目がくらんだ。
といっても、どうやら空は重くどんよりと曇って 太陽を覆い隠しているらしかったが。
それでも瞼をちかちかと刺激する光に、ぼんやりと浸っていると 僕の名を呼ぶ声がした。

「やぁ、雲雀クン。念願のあの子は出来たのかい」

お面のようなできた笑顔で話しかけてくる、白い男。後ろには数人ほど、部下を引き連れていた。
僕はどうも、この白蘭という男が嫌いでならなかった。

「君には見せない」
「ずるいなぁ、僕が一番楽しみにしてたのに。
 でも新作発表はするんだろう?完成の知らせを聞いて、じきにアルコバレーノから呼び出しくらうだろうし」
「...」
「勿論、その発表会には僕も出席するからね。
 チームの責任者として、これは義務なんだからさ」
「勝手にしなよ」

じゃねー、と気に食わない笑顔を浮かべて小さく手を振って、去って行った。


新作発表というのは、精密技術が発達したこの時代で 更なる開発と発見を求めた者が
幾つかの研究チームに別れ、独自の視点から様々な研究をし その中で生まれた秀でた発明を
学会に発表するという、つまらないもの。
街から道路は消え、外を歩く人も消え、植物も消え失せたかわりに 白いビルと無色透明なチューブが
街に行き交う、僕たちが子供の頃思い描いていた未来の世界像そっくりの世界にして
これ以上、なにが要るというのか。
ここまでして、何を求めるんだろう。
本当無意味だ。...でも今僕はこうして、毛嫌いしている研究チームのエースとして 
11ヶ月もかけて設計図を作っては、1ヶ月もかけてまた新たな発明をした。
どうしてこうなったかは、もう覚えていない。興味がない。
皮肉だ、とは思うけど。



"ひばり"

「ん」

"ひば、り"

「うん。行く」


ドアの開いた研究室の奥から、慣れ始めでまだ片言のイントネーションで 名を呼ぶ声がする。
足早にその声のもとへ急いで、僕は自動スライド式のドアを閉めた。








『今回お見せするのは、我がチームのエース 雲雀恭弥研究員が1年かけて完成させた、戦闘用アンドロイドです』

おぉ、と会場が沸く。


『これは初期段階で人間の小学校中学年並の知能を持っておりますので、これから教えて行けば いずれは通常の大人と同じくらい
 それよりも、もっと上の知識と学力を身につけることができるだろうと言うことです』

は?そんなこと言ってない、僕は一般中学生程度の知能を与えたはずだけど。
新作発表する過程での検査で勝手に決めつけられたのか。

それではお見せしましょう、と興奮気味な声をあげて ステージのカーテンが開かれた。
そこにはまだ立つことができず 服も着せられずに、裸で座りこんだままの 人影があった。
ライトに照らされて、きらきらとする黒く綺麗な短髪。まぶしそうに顔をあげたその仕草は 
機械やロボットといったそれらの命ないものとは思えないような自然な動きで
まばたきも 長い睫毛とその奥にある薄茶色の大きな瞳や 白い肌、薄く染まった頬さえ、生身の人間そのものだった。

わ、っと一際大きく会場が沸き立って 全員総立ちで拍手の嵐。

ひとり観客席で、座ったままで眉を寄せた僕をよそに 新作発表会は興奮の収まらぬうちに終焉した。


「いやぁ僕の予想を遥かに越えてたよ、流石だね 雲雀クン」

猫なで声で賞賛する言葉を、ふん と聞き流して、僕はカーテンの閉じられた暗いステージの上にいまだ座りこんでいる
"彼"を抱き上げると、薄っぺらい笑顔で寄って来る白蘭を無視して 足早に舞台裏から出た。

「ねぇねぇ、その子の名前 なににするの?」
「君に教える義理はないはずだけど」
「けち。僕は君のチームメイトでありこのチームの責任者なんだよ?リーダーなんだよ?知っておく必要があるじゃないか」
「いい加減煩いよ。赤ん坊にでも聞いたら」
「アルコバレーノも君に聞けって言うでしょ。ねぇ教えて」

「びゃくらん」

「あ」
「!」

お姫様抱っこの要領で抱えていた"彼"が、僕の肩越しに白蘭と目が合ったのだろう 
すっかり慣れた様子の発音で、後ろの男の名を呼んだ。

「ね、今僕の名前呼んだよねぇ その子」
「...」
「すごい、あ 君の名前はなんていうの?」

歓喜に僅かに高くなった声で白蘭が"彼"に話しかける。
素直に言いかけた"彼"の口を即座に片手でふさいで、言っちゃだめ と言い聞かせ、口をふさいでいた手で
白衣の胸ポケットからリモコン式の鍵を取り出すと、3mほど先の研究室のドアに向い ボタンを押した。
す、っと静かにドアが開いて 色々と文句を言ってくる男が入る前に、部屋に入ってドアを閉めた。



「ひばり?」
「なに」

研究室から繋がるように横にあるマンションの一室のような生活スペースの、簡易式ベッドに座った"彼"が
僕に足を調整されながらも首を傾げて聞いてきた。

「なんでびゃくらんには、名前言っちゃいけねぇの?」
「...そのうち分かるよ」
「そっか」

にこ、と笑顔。すごく、人間らしい笑顔。
子供用の服がなく、仕方なしに僕のYシャツ一枚着せられた"彼"に 立ってごらん、というと
調整したばかりの足を 生まれたての小鹿のように震わせながらも、ひとりで立ってみせた。
歩けるかな、と言えば 一歩一歩ゆっくりと踏み出して、嬉しそうな満面の笑みをこちらに向けた。
背格好は中学2〜3年生くらいの男の子だというのに、表情や仕草は幼い子供のよう。

「武」

僕はここにきて、ようやくその子の名を呼んだ。データに入れたきりで、呼んではいなかった。
名前を呼ばれると、ぱあぁっとまた笑顔になってこちらに駆けてきては ぎゅ、と抱き付いた。
この子を作って、唯一の失敗といえば この無邪気な仕草だろう、と抱き締め返して思った。

この子...、山本武は 戦闘用アンドロイドだ。
だから 本当はもっと、冷酷で無感情で無表情で無愛想なほうがよかった。
そう、例えば 僕のような。
どこで間違えたんだろうかと自分を悔いる反面、武の笑顔に心が暖かくなる心地よさと 自然とこの自分がつくりあげた
大量殺戮兵器に愛しさを覚えた。
将来言葉や武器の扱い方、人間の殺し方などを覚えたこの子が この白い肌に真っ赤な返り血を浴びて戦場を駆けるのかと思うと
どきどきと胸が騒いだりもした。
真っ赤な血を頬に滴らせ、にっこりと眩いばかりに笑んだ顔は さぞかし綺麗だろう、と。

武が ずっと抱き締めて離さない僕に、ん? と小さく疑問の声をあげた。
さらさらと、髪を撫でてやれば あぁ、またどきどきと胸が高鳴る。
そうだ、きっと 僕は。




「ひばり?」

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