Main

□vivere
1ページ/2ページ


外は今、雨が降っていて 空は灰色に染まっていた。
こつん、ぼちゅん、と軒先の水溜りやバケツに 雨水がリズムよく音をたてて落ちていく。
当然 室内は湿気でじっとりしていて、少し冷えていた。

こんな日は 外に出る事を躊躇うが、そうもいかなかった。

車は頼まない。気分からして徒歩。
雨のせいか、道路には誰もいない。
とても気分がいい。
遠くに目指すべき建物が見え始めて、車通りも多くなってきた。
タクシーが何台も建物の入り口に待機している。

中に入った瞬間、肺にたちこめる薬の匂い。
まったりとした、苦いような甘いような特殊な匂い。
雲雀はあれが忌々しくてならなかった。

2階204号室。
ドアを開けると電気は一つも点いていなくて、人も居る気配がなかった。
静かな室内は雨の音が満ちていて、空気の中に筆についた廃屋色を流したように思えた。
窓には雨の雫が張りついて くっついて、重みを増して伝い落ちていく。

一番奥の向って左側のベッド。そこだけはカーテンがかかっていた。
そこへ向い、そっと覗きこむ。
そのベッドの持ち主は ベッドに横たわって静かに寝息をたてていた。
それを確認すると するりと音もたてずに中に入り、枕元に置いてある椅子に腰掛けた。
それから30秒経つか経たないかくらいで 閉じていタ瞼がゆっくりと開いて 視線が雲雀をとらえた。

「...起きた?」
「んー...まだ眠ぃけど 起きた」
「雨の日だからだよ」

低気圧で、と外へ視線を投げた。

「山本、具合はどうか って綱吉が」
「異常ねぇぜ。いっつも元気だって」
「元気じゃないから入院してるんでしょ」
「そうだけどなー...」

ぶつぶつと文句。
いつもどおりの山本で 少しほっとした。


山本は 3ヶ月前から病気で入院している。
病名はまだ 本人には伝えていない。
肺が悪いのだというだけ。
病名は 結核だった。

病名を言ったらどんな顔をするだろう、とか 
何時最期がきてしまうのか、とか 
そんな事ばかりを気にしてしまう。
本当は臆病な、雲雀の悪い癖だった。

今の世界になんて興味はないし、山本さえ生きていてくれるなら 何も要らないとも思う。
そう思いながら雲雀が生きているこの世界にはどれくらいの値打ちがあるだろう。
たとえ誰かが今生きている事に感謝して、この世界に凄く高値をつけたとしても それは仮の値段になると思う。
世界は汚れていて、荒んでいるから。涙が絶えることはない世界だから。
だから今 こうして生きて、仕事をしていることさえも無意味に思えたりする。

たくさんの犠牲の上にある輝き。それを手に入れた雲雀は 潰してきた輝きの事を今更思ったり。
でもそれを悔やみ憂いていられる程、世界に余裕はない。

こんなことを山本に言ったら きっと可笑しそうに笑うと思う。
「んなシケたこと言ってるより、笑ってるほうが気楽だぜ」
そう言って、明るく笑う姿が目に浮かぶ。
愛しいその笑顔で この重しが消えたらいいのに。

切ない衝動に駆られて 思わず山本を抱き締めた。

「!!な、なに?!」
「煩い、黙ってて」
「!...ひばり、泣いて...?」
「ないから」

この時がずっと続くなら 伝染ってもかまわないと思った。
伝染って、自分が死んでも それでいいと思えた。
こんなことを言うと、山本はきっと怒るだろうから言わないけれど。

きっと山本の命は救えない。最新の医療でもってしても 治療することはできないらしい。
それでも、と 救いの手を伸ばすことは雲雀にはできない。
凄く臆病だから。雲雀が愛したものは すぐに消えていってしまう。
並中も廃校になって、撤去されるそうだ。
消えていく、その度に弱さを知って 悔しくなる。
それなら責めて、明日に賭けよう。
責めて明日を美化しよう。



今を どれだけ愛すことができるだろう。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ