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□桜と狐
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「なぁ、お前ってさ...」


桜サク、アル春ノコト

「いったい、」

オ狐サマハ 消エテイッタ

「なにが、誰が」

愛シイ 太陽ヲ残シテ

「好きなんだ?」







その年は特に桜が綺麗で、街も活気付いていた。
赤子が何人も町内で生まれたし、土も喜んでいて とても気分がいい春だった。
僕の青空も相変わらずの笑顔で 僕の名前を呼ぶ。

そう、僕の 青空。 僕の 太陽。

「ヒバリ!」

にこにこと笑顔で手を振り、小走りで走ってくる。
息をきらせているから、きっとトレーニングの途中だったんだろう と思う。

「ヒバリ、今から学校に行くのか?」
「うん」
「なら丁度いいな、俺も部室に取りに行きたいものがあるから ついてく」

それからのろのろと二人で話しながら歩いた。
と言っても、ほとんど山本が喋っていたけれど。


「それじゃぁ俺、部室行って来るから 屋上行っててくれねぇ?」
「いいよ」
「んじゃぁ後でな」

誰も居ない屋上で手合わせしたり、話したりするのが日課になった。
前に一度、歌を歌ったことがあった。山本に強請られて しぶしぶ。
その頃特に歌いたいものもなかったので(校歌は半ば飽きていた)、
小さい頃から『育ての親』に仕込まれていて 歌い慣れている「越天楽今様」を披露した。

「は るの やよいの あけぼのに  よ もの やまべを みわたせ ば
 はなざか り かも しらくものー かからぬ みねこそ なかりけれ」

つらつらと適当に歌っただけなのに、あの子は随分と喜んで
「雲雀って鳥は、声が凄く綺麗なんだって。ヒバリそっくりな」
とご機嫌で言っていたのを覚えている。
その様子に僕も機嫌をよくして 二番まで歌ってやった。

「はなたち ばーなも におうな り  の きの あやめも かおるな り
 ゆうぐれ さ まの さみだ れにー やまほと とーぎす なのるな り」

歌を歌う僕を きらきらとした眼差しで見つめる山本。
あぁ、やっぱり好き だと思った。


あの時が、今までで一番楽しかった。


「ごめんな、ひばりー。なかなか探し物が見つからなくって 待たせたな」
「別に。」
「そうか?ならいいや」
「うん。...」
「....あ、そうだ 話しってなんだ?」

きょとんとしたような顔で首を傾げ、聞いてくる。
あぁ、そうだった。とてもとても大事な話しが...

「...君にさよならを言わないといけなくて」
「...え?」
「僕は、もうここには居られない」
「!...どういうことだよ、それ...」
「細かく言えば、僕は並盛に居るけれど 君には会えなくなるってことだよ。」
「なっ....
 んじゃぁ この際、俺からも一つ言わせてもらうな。」

その言葉に思わず身構えた。

「なぁ、お前ってさ...いったい、 なにが、誰が 好きなんだ?」

僕は なにも言えなかった。
あの子の後ろの桜が、一陣の風に揺れる。

「なぁ...」

もう、なにも言わないで

「ひばり、人じゃないだろ」

氷水を頭の上からぶっかけられた、みたいな痛みが走った。

そうか、そうか、そうだったんだ。君は勘が良いから、分かってしまうんだね
ねぇ、死にたいと 初めて思ったよ

「...うん」
「やっぱりな。なんとなく、そういう感じがした」

柔らかく苦笑する様は どことなく切なげだった。

「ヒバリは他の奴らと違って、ふわふわと空の上を歩いているような感じだったし
 何処か人とは違う空気がいつもヒバリを包んでた。それに」

「懐かしい感じがしたんだ」

そう言ったあの子の 悲しそうな笑顔は、とても胸が痛くなった。
僕は 忘れていた。ずっと前、山本がとても小さいころに 僕達は会っている。
そして、この子の命を救ったんだ。

人でもない僕を 君はきっと嫌いになったんだろう。
ねぇ そうでしょ?愛想もないし、素っ気無い僕は 愛しい君に嫌われたんだ。

「でもな、俺...」

少し俯いて 間を置いた

「ひばりのことが、やっぱり好き」












あれから10年。山本は もうすっかり大人の男になって、仕事が忙しいからか
あまり並盛に来なくなった。
東京に行ったと聞いた。超自然現象、というものの研究をしてるらしい。
特に「白狐」について熱心に調べているらしい。

ふさふさとした 太くて長い、白い尻尾を弄った。

僕のことでも、調べているつもりなのだろうか。
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