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□フレンドシップ
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ピンポーン


ぴくんっ


あ、お客さんだ

旦那さん、旦那さん、お客さんだよ。
...この匂いからすると、あんたと仲の良い『ヒバリ』のようだ。
ほら、早く。

とんとんとん、と前足で軽く旦那さんの膝を叩いて意思表示。
するといつもの笑みでこちらを向き、頷いて頭を撫でてくれた。

どういたしまして!

小走りで玄関へ向う旦那さんの後ろを 上機嫌でついて行く。
旦那さんが足にサンダルをひっかけて、ドアを開ける。
すると、おれが予想したとおり 『ヒバリ』が立っていた。

ひばり、ひばり、ひばり!

「はいはい、君のおやつも買ってきたよ...」

軽く頭を撫でながら 手に持つビニール袋をがさがさと漁って、ジャーキーのパックを取り出してはひらひらとした。

ありがと おれ、それ好き!

尻尾を振って、有難うを示す。
そうすると、微笑を返してくれて すぐに視線は旦那さんへと移っていった。

おやつ、おやつ

わくわくしながら 二人を見守る。
旦那さんが手話で「ありがとう、手伝わせて悪ィ」と言っているようだ。
それにヒバリも「いいんだよ、君を出歩かせるのは 物騒だしね」と手話で返す。
音の無い、静かな会話。この雰囲気が おれは大好き。

おれの旦那さんは 生まれつき耳が聞こえない。
それで、旦那さんは手話と筆記で皆と話す。
ゆっくり、はっきり 喋ってもらえば、相手が筆記や手話でなくとも聞き取れると言っていた。
おれは旦那さんのサポーターで、『聴導犬』っていうやつらしい。
おれの仲間はみんな、綺麗な金色の毛のゴールデンレトリバーか
ラブラドールレトリバー。
おれと、その兄弟だけ かは分からないけど、特別に秋田犬なのだ。
名前は「次郎」。旦那さんがそう呼ぶのだし、ヒバリもそう呼ぶから きっとおれは「次郎」なんだな、と思う。

旦那さんの所によく訪ねてくる『ヒバリ』は、旦那さんがよく行く病院の看護師さん。
住んでる所が近くなのもあって、よく来てくれるし 買い物とかも手伝ってくれる。
この二人はすっごく仲が良い。おれでも羨ましくなっちゃうくらい。


と、そのヒバリが台所にあがっていった。

お、やっと おやつ!

それに続いて旦那さんも台所に立つ。
おれはおやつを催促するように、二人の邪魔にならない場所でおすわりして待つ。

あ、良い匂い。コーヒー、ってやつかな。

「ほら、次郎。おやつだよ。...お皿持ってきて」

やったぁ!

おれは上機嫌で、おれ用のごはん皿をヒバリの所に咥えて持っていく。

「離せ」

その言葉に反応して、ぱっと皿を離すと ヒバリが中にジャーキーを5、6本入れてくれた。
ヒバリはそのまま 食卓近くのおれの定位置にその皿を置いてくれた。

「次郎、おすわり」

さっと、敬礼するかのような 綺麗なおすわり。

「伏せ」

後ろにさがりつつ低い姿勢になる。

「待て」

わぅ、と軽く返事をする。

あぁあ、早く食べたい...!




*        *         *





「いただきます」

僕の声に合わせて、目の前に居る男は静かに手を合わせた。
買ってきたショートケーキを まるで子供のように喜んで、ぱくついている。
小さい頃からあまり甘いものは好きではない僕は 彼がいれてくれたコーヒーを一口 口に含む。

「...!」

美味しい。
以前、自分のコーヒーの好みについて質問されたので 適当に返したことがあった。
その時に言ったことが 忠実に再現されていた。
少し驚いて、目の前の人物へと視線を向ける。
すると にっこりと笑ってこちらを楽しそうに見ていて、さらさらと近くのノートに何か書き 僕に見せた。

『美味しい?』

「...うん。丁度良い」

『なら、よかった。好みの温度にしてみたのな』

「へぇ。...濃さも頑張ったでしょ」

『あぁ。でも自信なかった』

「これぐらいが良いよ。しっかり苦いのは好きじゃないしね」

『そうだったのか?意外』

「そう?...苦いものはあまり好きじゃないんだよ」

『へー。...んじゃぁ、ピーマンも駄目なのか?』

「食べれなくもないけど、あまり好まないな」

『はは、そうか。子供みてぇだな』

「うるさいな。君の行動の幼さよりはまだマシだよ」

『でもピーマン食えるぜ。次郎も食べれるしな』


くすくす、と可笑しそうに 楽しそうに笑った。

この、静かな男は 山本武。
生まれつき 耳が聞こえない、という障害を持っている。
それでも それを気にしていないかのように、いつもにこにこと笑っている。
耳が聞こえて、眼も見えて、何の不自由もなくて それでいて表情に乏しい僕とは対照的だ。

『...ひばり?』

「ん、なんでもない」

凄い、と思う。ただ、単純に。
何でだろう、とかは 面倒なので考えない。
君が君で居れる、一番の理由って何?君が生きる理由って。

そう、何気なく思った時。
近くで美味しそうにジャーキーをがっついていた次郎が 何かのスイッチが入ったかのようにピクっと反応した。
と、大好きなジャーキーを食べかけたまま テーブルに走り寄って来てはテレビのリモコンを咥えて 山本の所に持っていく。
山本はリモコンを受け取ると 有難う、というように優しく微笑んで頭を撫でてやっている。

「...何か見たいテレビでもあるの」

問いかけると、にこっと笑ってゆっくりと頷く。
ぱちん!と弾けるような音をたて 小さなブラウン管のテレビを点けた。
わぁわぁ、と部屋が賑やかになる。しかしその音も 彼には聞こえていないのだろう。

「...次郎は その番組が始まる時間を、ちゃんと覚えてるの」

また、ゆっくりと頷く。
手話で「俺の大切な相棒だからな」とにこにこして言ってきた。
それが分かったのか わぅ!と次郎が吼え、おれもだよ という風にぺろぺろと山本の頬を舐めた。

あぁ、そうか。
君の生きる理由は この子か。
君の心の支えは この子だったんだ。






どんなに僕が 山本を好きでいたって、次郎には敵わないな と思った。

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