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□胸の鼓動と月明かり
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月夜の夜に 少年は。









10年後の世界に来てから もう何日が経っただろう。
打倒 入江正一、と修行の日々。
小さな家庭教師がマンツーマンで特訓をしてくれたせいか、予想より早く合格を貰えた。
しかし、だからといって休むわけにはいかないし そのつもりもない。

あぁ、でも...疲れちまったのな。

俺は自主練と称して、特に何処へ行こうという気もなく
足のむくまま 気の向くままで、アジトをふらふらと歩いて居た。
心も体も疲れてはいたが 何故だか体が休息を受け入れず、剣を握らなければという
使命にも似た感情が 自然と胸のうちに湧いてきていた。
気付いたらそこは あまり見なれない場所で、でも何故だか落ち着けた。

ここ...何処だっけ? 俺、来たことあるような ないような...。

あたりは襖で囲まれた、とても広い和室だということが認識できた。が
そこが何処なのか、何の為の部屋なのかは ぼんやりと疲れきった頭ではとうてい理解できなかった。

畳の、あの独特の匂いが じん、と体に染みるのを感じると
電池が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。
畳の上に倒れこむと、脱力感があって 凄く落ち着ける気がした。
そして より一層畳の匂いが濃くなったのを感じることができた。

それから少し眠ったのだろうか。そこで意識は途切れ、その後の記憶がない。

次に目が覚めた時には なんだかとても心地よくて
畳以外の、よく知っているような匂いが 俺の近くからしているのが分かった。

(落ち着く...)

そうだ、この匂いを俺は何処かで感じたことがある。
何処だっけ。
未来に来てからじゃなくって、もっと...もっと前の。
あぁ、屋上で...ひばりと...

(...ひばり?!)

その答えに辿りついた瞬間 反射といっていいくらいに、俺は意識するより早く飛び起きていた。

「ひ、ばり...?」
「なに」

そこには予想した通りの人物が正座をしてこちらを見ていた。
しかし 記憶で思い出されたヒバリとは幾つか異なる部分がその人にはあって
あぁ、ここは10年後の世界なんだと 改めて思い知らされた。

「あ、えっと膝枕...」
「気にしてない」
「そ、そうなのな?ならいいけど...でも勝手に入って眠りこけちまって、すいません」
「...うん」

俺の目の前に居るヒバリは 馴染みの有るヒバリとは雰囲気も違うし 物腰も柔らかくなっていて 
何故だか凄く緊張した。

「敬語は落ち着かないからやめて」
「あ、あぁ ごめんなさ....、じゃなくて悪ィ」
「...自主練はどうしたの」
「あれは...なんつーか、一人になる口実っつーか...嘘、なのな」

あはは、と誤魔化すように無理に笑って 後頭部を掻く仕草をした。
そんな俺を ヒバリは無表情で見つめて、そう、とだけ返事を返した。
俺は 軽く溜め息をついて俯くと、無意識のうちにぽつりぽつりと ヒバリにこんな事を話していた。

「...なんかな、俺今スランプでさ。...なんつーか、弱ぇのな。
 いきなり10年後の世界に飛ばされて 訳もわかんねぇまま、会ったこともねぇような奴と戦わなきゃいけなくなって...
 親父は居なくなってるし、野球はできねぇし クラスメートが無事かどうかだってさだかじゃねぇんだぜ...
 外に出たら敵だらけでやられちまうし、敵さんは思ってたよりも強くって 俺なんかが敵いっこないとか思えてきてさ...
 ...命がどうとか、強けりゃいいのにとか、負けたら親父になんて謝りゃいいんだとか、色々考えちまって
 もう...なにがなんだか...わっかんねぇの...」

どうすりゃいいの、俺わかんねぇよ。
俺は泣きそうなのを堪えつつ、いままで胸につっかえていたものが すらすらと言葉になるのを
とても不思議に思っていた。

「...俺、本当は弱虫で 臆病者で、全然強くねぇし いっつも笑って誤魔化して
 大切な人には心配かけて 全然守りたいもの守れなくって、ほんと 死にたいほど自分が情けなくってさ
 ......あ、ごめんな こんな事愚痴っぽく話しちまって」

俺は もう帰る、と言って立ち上がろうとした。その時
ぐ、っと手を引かれ バランスを崩し、俺はそのままヒバリの胸に倒れこんでしまった。
悪ィ、と離れようとすると 俺の背中をヒバリの腕が包むように捕まえて、ぎゅ と抱き締められた。

「...君はそのままでいいよ」

無理して強くなろうとしなくていいさ、と優しく囁かれて つう、と涙が一滴 頬を伝ってヒバリの肩に落ちるのが分かった。
それからぼろぼろと涙が零れ落ちてきて とまらなくなって、何時の間にか俺は
ヒバリの肩に顔を埋めて うん、うん、とただただ頷いて 涙でヒバリの肩を濡らしていた。
悲しいとか嬉しいとかそういう感情も何もなくて、その代わり 涙を流すにつれて、体が軽くなっていく気がした。
体にたまった鉛が 涙と一緒に流れ出ていくように、疲れもなにもなくなって
さっきとは逆に 空っぽのようになった俺の体は、とても暖かく思えた。

ずっとこのまま このままで居たい

「なぁ、ひばり。...俺、すげぇ弱くて 一人じゃ立ってらんないからさ 倒れそうになったら、寄りかかってもいいよな」
「...うん」
「すげぇ臆病で いつだって寂しいから...今だけでも、このまま ぎゅ、ってしてて?」

返事はなかった。
ヒバリに包まれた体は 暖かくて、気持ち良くて 俺は少し眠くもなっていたかもしれない。
そこでヒバリが頭を撫でてくれて そこからもう記憶はない。
起きたら、自分のベッドできちんと布団を被って寝ていて 夕べあったことさえも夢だったかのように思えたのだから。
しかし ヒバリの肩を濡らしていた涙の痕はきっちり残っていて、夢を現実だと認識させた。

あぁ、俺 またヒバリに助けられたのな...









「な、ずっと...ずっと、このままで。俺のそばから離れないで...」














END

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