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□夏の青空
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「ヒバリ!」

背中で 馴染みのある声がした。


夏。
見慣れた澄んだ青空は どの季節よりも遠く感じて
それ以上にとても綺麗なものに思えた。
例えるならば それは幼少のころによく、駄菓子屋で見かけた
氷水でキンキンに冷やされたラムネの色を思わせる。
夏の夜 祭りで出ていた屋台の、カキ氷シロップ ブルーハワイ。
りん、と可愛らしい音で空気を涼やかにする風鈴の 硝子に溶かされた綺麗な青。
手を伸ばせば身体が溶けそうで よく見とれたものだった。

その綺麗な青空の下に 太陽のようにきらきらと笑うあの子が居て。

「ミーティング長引いちまって。 待ったろ、悪ィな」
「そうだね、あとできっちりお詫びしてもらおうかな。
 角の駄菓子屋のアイスで」
「はいはい。ヒバリはあれ、好きだもんな」

隣の長身の子は にこにこ、と楽しげに笑って財布を確認している。

山本武
僕の幼馴染で 並盛中学2−A野球部エース。
そして 僕の片想いの人でもある。
でもそれは、好きというよりもっと曖昧なもののようで まだよく分からない。

僕らはよく、一緒に下校して 途中の駄菓子屋やら甘味屋で買い食いをしていく。
夏場はもっぱら駄菓子屋のカルピスアイスが気に入っていてよく食べる。
山本はよくソーダ味のアイスを買って わけっこをした。

今日も同じように、僕はカルピスアイス 彼はソーダ味のアイスを買って
半分ずつわけて食べて帰る。

今日は一学期の終業式で 帰りが早かった。
空はまだ綺麗に青くて 入道雲は真っ白く。
蝉の声は耳にしつこく届いて 太陽はじりじりと肌を焼き、アイスを溶かした。

「...ひばり」
「なに」
「あのさぁ...ひとつ聞いていいか?」

僕は黙って 視線だけで先を促した。

「...ヒバリは、来年の春になったら...卒業して どっか行っちまうのか?」

唐突な、彼の問いに びりびりと頭が痺れる感じがした。
でも、僕は平然として 少し鼻で笑った。

「なに、やぶからぼうに。君には関係ない―――」

言いかけた時。
ふいにあの子が立ち止まって 下を俯くから、僕も思わず立ち止まって少し通り過ぎてしまった 彼のほうを向いた。

少しの間の、沈黙。

「...君には、関係ないよ」

搾り出すように発した、僕の一言。
言い聞かすように、なるべく柔らかく言えるように。
あぁ、でも なんでだろう。 どうしても、突き放すように言ってしまう。
その言葉はしっかりと、彼に届いたらしく ふるふる、と微かに震えていた。

「関係ないって...なんだよ...」
「関係ないものは、関係ないよ。これ以上君に言うことは」
「なんで!」

突然、僕の言葉ほ遮るように彼が叫んだ。
僕は静かに、拳を握り締めて感情的になるのを堪えている彼を見つめていた。

「...俺ら、友達だろ...?
 なんで、いつも お前は...っ」

友達。
心の中でその言葉を繰り返して 憎らしくなった。

「君に色々言われる筋合いはない」

僕は思わず早口で、心にも無いことを口走った。
その言葉に彼は 顔を紅潮させて、目に涙を溢れんばかりにためて、僕をしっかりと見据えた。
こんな時でさえ 君の涙と青空が綺麗だと思えてしまう僕は、相当頭のおかしい奴なんだろう。

彼は大股でこちらに来ると、右手を振り翳した。
そして、思いっきり 僕の頬を殴った。
僕はそれを甘んじて受けた。
これは当然の報いだと、理解して。

「ヒバリの馬鹿」

そう、吐き捨てるように言うと 彼は立ち尽くす僕に背を向けて走っていってしまった。

あぁ、なんだろう この、胸のつかえが取れたような、清々しい気持ち。
それと同時に、とても とても 泣きたい衝動に駆られた。




「君なんて 大嫌いだ」
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