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□ユウウツ。
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6時のチャイムが脳内に響く。窓から赤い陽射しが侵入して
街と同様に 部屋を染め上げる。
ガンガンと耳に届く「家路」の音楽さえ無いものとするかのように 部屋は不気味に静かだった。

淡い茜色に色を変えつつあるベッドの上で僕は 何をするでもなくただただ待ち続けて居た。
彼を。

今日は山本が出張から帰る日だと聞いて そう、と単調に返しはしたが
内心喜びに満ちて居た。
長期遠征の出張に行く、と言って半年は返って来ていない。
いい加減彼の居ない 憂鬱な日々にも嫌気がさして、憂さ晴らしにボンゴレ本部でも壊滅させに行こうかと思い当たって居た頃だった。
から、これには喜ばない筈がなく それを察したのか、電話の向こうの沢田綱吉がくすくすと楽しげに笑って居た。

『本当 雲雀さんは山本が大好きですね』
『なに馬鹿なこと言ってるの。かみころすよ?』
『それは嫌だなぁ』

また何かあったら電話しますね、と機嫌良さそうに言うと答えも聞かずに その声の主はぷつりと電話を切った。
残った、ツーツーという機械音を確認して僕は携帯の通話終了ボタンを押した。


夕方頃には帰るというから、彼の家で待っていてやろうと 合鍵を使って家に侵入して今に至る。
合鍵は出張に出る直前に 好きに使っていいから、と渡されたものだった。
浮気相手は入れちゃだめだぜ、という冗談付きで。(元々そんな面倒なものを作る気もないが)

しかしいくら待っても来ないものだから、いっそ空港に乗りこんで行ってやろうかという考えを
壁を蹴るだけに押し留めた。

あと6時間で今日も終ってしまう。途切れることなく時間は過ぎて、途切れることなく静かに「今日」から「明日」へと変わる。
それはどうすることもできなくて、例えるなら川の流れのように止めど無く流れていくもので
僕がそこに手をつっこんでも 棒きれで流れをとめようとしても、それを擦り抜けて流れていく。
止まって欲しいと思う僕の切実な心の叫びも虚しく 今も6時から7時へと変わった。

時が流れて僕だって成長して 並中を卒業した日だってあって、その時のことはもうとっくに過去のことで
そんなことさえ僕は覚えていなくて あの子を僕が初めて見かけた時だって記憶の遥か彼方に薄れかけていて
そう言えば僕の歳さえ記憶には無くて、僕が生れ落ちたことなんて気にもとめていなかったし
興味もなかったことだけど そんなことさえも記憶にはないのかと思って、時間も記憶も
とても儚い 頼りないものだと知った。

そんな下らないことを何回も思って 憂鬱になった。
あの子がいなくなってしまったら それさえ記憶と時の中に消え失せてしまうのかと思うと切ないというより
憎たらしくて、髪を掻き毟って。
そして 涙を流さずに僕は泣いた。

ある日の夕方 高架下であの子が僕に聞いた言葉は、かろうじて覚えている。

『ヒバリは...何も思わねぇの?』

僕はそれに答えはしなかったと思う。
でもきっと、その時言いそびれた。
天上天下唯我独尊、自分こそが最強だと謳う日々を 本当は寂しく思い、後悔もしてるんだよ と。

今、静かに7時から8時へと時間が過ぎた。
もう夕方とは呼べないよね。

外はもう真っ暗で、道は車のヘッドライトできらきらと眩しい。
夜の闇で見難いものの、目をこらして彼が居ないものかと探す。
案の定あるはずもなく 深く溜め息をついて、ベッドに寝転ぶ。天井がやけに白く感じた。

その時 あたりの静けさを裂くように 単調な携帯の呼び出し音が響いた。
嫌な予感が頭の後ろあたりをびりびりと痺れさせる。本能というものだろうか。
鬱陶しく思いながらも僕は携帯を手にとって 耳に当てる。

「...なに」
「雲雀さん、大変です。...落ち着いて聞いてください」



「山本が 事故にあいました」



「詳細はまだよく分かりませんが バイクで家に帰る途中、飲酒運転らしい車に運悪く」

その先は頭に入ってきていない。
状況がまったく理解できなかった。
きっと、僕は 現状を説明する綱吉の声を遮るように電話を無理矢理切った。
自分の行動でさえ、覚えてはいないくらいに 僕は混乱していたんだと思う。
僕はまた、深い溜め息をついて 脱力したかのように瞼を閉じた。
病院にはいかない。
彼はバイクだったろうから、スピードも出る。重傷だろう、と予想はできるが
傷だらけの彼を見る気にもなれないし、そんな勇気もないから。

あぁ、ここに彼が居たなら。
このやるせない気持ちを 彼の手を握って、忘れることができただろうに。
でもそれも今、なくしてしまった。




並中が 隣町の学校と合併するらしい。
反対する者も多かったが、少子化のせいか それとも並盛町内の住人が減って、生徒が少なくなったからかは
分からないが、合併は避けられなかったらしい。
もうすぐ並中の校舎は大きく建てかえられ、学校名も変わる。
時間が経ち、記憶が薄れるのと同時に 変わりゆくものがあると、僕は初めて知ったかもしれない。
そんなこと、考えもしなかったものだから 今まで実感もなにもなかったのだから。

僕はまた、頭を掻き毟って 苛々を唸り声で表した。










今日は サイアクな日だ。
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